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やり直し令嬢は、断罪の舞台を「密室」に変える 〜証拠不十分で婚約破棄は成立しませんわ〜  作者: 和三盆


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第3話:不在証明(アリバイ)は、誰の味方か

 静まり返った夜会場で、最初に音を立てたのは——

 セドリック王子の、喉を鳴らす乾いた音だった。


「……エレーナ。いい加減にしろ。

 余は事件当時、この広間にはいなかった。よって——」


「ええ、存じておりますわ」


 私は、王子の言葉を遮るように、柔らかく微笑んだ。


「殿下はおっしゃいますのよね。

 “事件発生時刻、別室で大臣と会談していた”」


「その通りだ!」


 王子は勢いよく頷く。


「その場には三名の大臣がいた。全員が余のアリバイを証言できる!」


 周囲の貴族たちが、安堵したようにざわめく。

 ——王子は潔白。

 そう思いたい空気が、はっきりと流れた。


(ええ、わかりますわ)

(だからこそ……そこが致命的なのですけれど)


「殿下」


 私は一歩前に出た。


「まず、一つ訂正を。

 アリバイとは“無罪の証明”ではありません」


「なに……?」


「それはただの“犯行が困難だった可能性”に過ぎない。

 論理的には、可能性を潰す作業でしかありませんの」


 私は、扇子を折り畳み、静かに続けた。


「では確認いたしましょう。

 殿下が大臣方と会談していた時刻——」


 視線を上げる。


「正確に、いつからいつまで?」


「……夜会が始まってすぐだ。

 リリアが倒れる直前まで——」


「“直前”」


 私は、その言葉を反芻した。


「曖昧ですわね」


 王子の眉が、ぴくりと動く。


「大臣方」


 私は、壁際に控えていた老齢の貴族たちへ向き直った。


「殿下との会談、何時何分から何時何分までだったか、

 それぞれ個別にお答えいただけます?」


「そ、それは……」


 一人目の大臣が、口ごもる。


「正確な時刻までは……鐘の音で……」


「二回鳴りましたな」


 別の大臣が言った。


「いや、三回だったはずだ」


 空気が、わずかにざわつく。


 私は、にこやかに頷いた。


「ええ。

 皆さま、微妙に一致しておりません」


「それの何が問題だ!」

 王子が声を荒らげる。


「細かい誤差だろう!」


「いいえ」


 私は首を横に振った。


「これは“誤差”ではありませんわ」


 一拍置いて、告げる。


「殿下が、その場に“ずっと”いたかどうかを証明できない」


「夜会場と会談室の距離は、歩いて三分」


 私は床に描くように、扇子を動かした。


「仮に——

 殿下が五分だけ席を外したとしても、

 誰も“正確には”気づかない」


「ば、馬鹿な……!」


「いいえ、極めて現実的ですわ」


 私は淡々と続ける。


「そして、その五分でできること。

 侍女に最終指示を与える。

 リリア様のバッグに“仕上げ”を施す。

 ——十分すぎます」


 リリアが、はっと息を呑んだ。


「ですが」


 私は、そこで一度言葉を切った。


「ここで一つ、疑問が残ります」


 視線を、リリアへ。


「なぜ、リリア様は抵抗なさらなかったのか」


「……っ」


「毒を盛られる役を引き受けるなど、

 普通はあり得ませんわ」


 私は、静かに答えを置く。


「除名。

 男爵家の没落。

 そして——王子の婚約者の座」


 ざわり、と会場が揺れた。


「殿下が約束なさったのは、

 “私を断罪した後、あなたを正妃にする”」


 リリアの唇が、震える。


「だからあなたは、

 被害者を演じることを選んだ」


「ち、違う……!」


「いいえ。論理的には、それしか残りません」


 私は、最後にセドリック王子を見た。


「殿下。

 あなたは“自分は手を下していない”とお考えでしょう」


 扇子を、彼の胸元へ向ける。


「ですが、

 指示し、舞台を整え、利益を得る者」


 一拍。


「それを——首謀者と呼びますのよ」


 王子の顔から、血の気が引いた。


「よって結論」


 私は、はっきりと宣言した。


「この断罪劇は、

 第一王子セドリック殿下による

 計画的冤罪事件です」


 沈黙。


 次の瞬間——

 貴族の一人が、膝をついた。


「……証言いたします。

 殿下が侍女と密談しているのを、私は見ました」


 崩れる音が、確かにした。


「以上ですわ」


 私は深く一礼した。


「これにて、

 婚約破棄は“証拠不十分”により不成立」


 顔を上げ、微笑む。


「殿下。

 次に法廷で争うときは、

 もう少し“論理”を大切になさって?」


 魔法の鎖が、ゆっくりと解け始める。


 ——だが、この場を支配していたのは、

 もはや王子ではなかった。

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