第1話:ロジカル・チェックメイトへの序曲
「エレーナ・ヴァン・クロムウェル! 貴様の悪行、もはや見過ごすことはできん。今この場をもって、貴様との婚約を破棄する!」
シャンデリアが輝く夜会。第一王子セドリックの声が、広間に冷たく響き渡った。 周囲の貴族たちは、まるで台本があるかのように一斉に私を蔑みの目で見つめる。
(……ああ、やっぱり。デジャヴにしては鮮明すぎるわね)
私は扇子を閉じ、優雅に一礼した。 つい数分前まで、私はこの広場の床に倒れ伏し、毒を飲まされて命を落としたはずだった。だが、気づけば時間は巻き戻り、私は再びこの「断罪の舞台」に立っている。
セドリック王子の隣には、今にも泣き出しそうな顔で彼にしがみつく男爵令嬢、リリアがいた。 「エレーナ様……どうして私に、あんな恐ろしい毒を……」
王子の足元には、真っ黒に変色した銀のスプーンと、リリアが口にしたというスープ皿が転がっている。
「証拠は揃っている! このスプーンが変色したのは、貴様がリリアの食事に毒を混ぜた証拠だ。さらに、貴様の侍女が、貴様の部屋から毒薬の瓶を見つけたと証言している!」
周囲から「恐ろしい」「悪役令嬢め」と囁き声が漏れる。 だが、私は内心で溜息をついた。
(お粗末。お粗末すぎますわ、王子。……いえ、このシナリオを書いた黒幕さん?)
私はゆっくりと歩き出し、床に落ちたスプーンを指差した。
「殿下。一つお伺いしてもよろしいかしら? そのスプーン、本当に『毒』で変色したとお思い?」 「何だと? 見ればわかるだろう、真っ黒だ!」 「いいえ、殿下。それは単なる**『化学反応』**ですわ」
私は魔法袋から予備のスプーンを取り出し、リリアが持っていたオレンジジュースのグラスに浸した。
「この会場にある銀食器は、すべて微量の硫黄成分に反応するよう細工されています。例えば……そう、リリア様が先ほどまで召し上がっていた、あの『卵料理』のソース。それを含んだ口でスプーンを舐めれば、銀は黒ずみます。これを『硫化』と呼びますわ」
「な……それがどうした! 毒の証明にはならずとも、侍女の証言がある!」
「その侍女ですが」私は背後の扉を指差した。「彼女が私の部屋で毒を見つけたという時刻、彼女は厨房で別の仕事をしていたという目撃証言が三件あります。そもそも、私が毒を使うなら、わざわざ銀食器でバレるようなヘマはいたしません」
私はパチン、と指を鳴らした。 すると、広間の巨大な扉が魔法の鎖で固く閉ざされ、窓には結界が張られる。
「な、何をする、エレーナ!」
「逃げ場をなくしただけですわ。ここからは、私の時間。……殿下、そしてリリア様。この会場は今、完全なる『密室』となりました。これから30分以内に、誰が、いつ、どうやって、本物の毒をリリア様のバッグに仕込んだのか……。すべてのロジックを組み立てて差し上げますわ」
私は不敵に微笑み、扇子でセドリックの喉元を指した。
「さあ、推理の始まり(チェックメイト)です。異議は認めませんわよ?」




