表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

第八話 ロリ・ロックリン


 平日の夕方。

 仕事から帰ってきて、靴を脱いだ瞬間だった。

 コンコン。

 控えめなノック。

「……どうぞ」

 ドアを開けると、ルナが立っていた。

 両手で、何かを大事そうに抱えている。

「おにーさん」

「どうした?」

「……みてほしい」

 その言い方が、やけに真剣だった。

「いいぞ」

 そう言うと、

 ルナは小さく息を吸ってから、俺の部屋に入ってきた。

 机の上。

 ルナが広げたのは、ノート。

「これね、

 きょうの」

 ページには、

 ひらがなの練習。

 少し歪んだ文字。

 それでも、丁寧に書こうとした跡が見える。

「……全部?」

「うん」

「一人で?」

「うん」

 少しだけ、胸を張る。

 俺は、黙ってノートを見た。

 間違いもある。

 消しゴムの跡も多い。

 でも。

「……よく頑張ったな」

 そう言うと、

 ルナの肩が、ふっと緩んだ。

「ほんと?」

「ああ」

「ママにも、

 みせた」

「なんて?」

「『すごいね』って」

 それから、少し間を置いて。

「でも」

 視線が、俺に戻る。

「おにーさんにも、

 みせたかった」

 その理由は、聞かなかった。

 そのまま、

 ルナは俺の机の椅子に座った。

「……ここ、

 すき」

「座り心地いいか?」

「うん」

 理由は、多分そこじゃない。

「つぎ、

 これ」

 ノートの別のページ。

 小さな絵。

 俺と、ルナ。

 並んで立っている。

 背景は、アパート。

「……上手だな」

「えへへ」

 照れた笑い。

「おにーさん、

 ここ」

 俺を指さす。

「ルナの、

 となり」

 胸の奥が、静かに温かくなった。

 少しして。

「そろそろ、

 もどる」

「分かった」

 ルナは、立ち上がる前に言った。

「……あのね」

「ん?」

「ルナ、

 できること、

 ふえた」

「そうだな」

「だから」

 一瞬、言葉に詰まってから。

「ひとりでも、

 だいじょうぶなとき、

 ある」

 それは、

 成長の言葉だった。

 でも。

「でも」

 続きが来る。

「できたら……

 おにーさんにも、

 みてほしい」

 俺は、すぐに頷いた。

「いつでも」

「……うん」

 ドアが閉まる。

 机の上には、

 一瞬置いていったノート。

 後で取りに来るらしい。

 俺は、ページを閉じて思う。

「……ちゃんと、

 前に進いてるな」

 依存じゃない。

 甘えでもない。

 見せたい誰かがいる。

 それだけで、人は強くなる。

 夜。

 ノートを返しに行くと、

 ルナはすでに眠そうだった。

「ありがと」

 小さな声。

「どういたしまして」

 電気を消して、部屋を出る。

 廊下を歩きながら、

 俺は思った。

 守る、だけじゃない。

 支える、だけでもない。

「……並ぶ、

 って感じか」

 それが、今の距離。

 悪くない。

 むしろ、ちょうどいい。

 自室に戻り、

 静かにドアを閉めた。

 今日も、

 一日はちゃんと終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ