第20話 ドアをノックしなくなった理由
夜、シャワーを浴びて戻ると、部屋の灯りが一つ増えていた。
キッチンの小さな電球。
誰かが点けたままにしている。
「……ルナ?」
返事はない。
でも、気配はある。
ソファの端に、ルナが座っていた。
膝の上に本を開いたまま、うとうとしている。
「起きてるか」
「……ちょっと」
目をこすって顔を上げる。
「ノック、
しなかった」
「見てた」
前なら、必ずノックしていた。
今日は違う。
「……だめだった?」
少しだけ不安そう。
「いい」
短く言う。
「来るって、
分かってたから」
ルナは、ほっと息を吐いた。
キッチンでお湯を沸かす。
「ココア、飲むか」
「……のむ」
カップを二つ並べる。
砂糖の量は、聞かない。
もう分かっている。
湯気が立つ。
ルナは、両手でカップを包んだ。
「あったかい」
「冷えてたな」
「……うん」
しばらく、黙って飲む。
静かな時間。
「ねえ」
「ん?」
「ドア、
あけてて、
いい?」
「いい」
即答。
ドアは、完全には閉めない。
少しだけ、隙間を残す。
それで十分だった。
しばらくして、ルナが立ち上がる。
「……もどる」
「おう」
振り返って、言う。
「ノック、
しなくても、
いい?」
「状況による」
「……うん」
笑って、出ていった。
ドアが閉まる前に、
灯りが一つ消える。
部屋は、元の静けさ。
でも。
ノックしないで入る、
という選択ができるようになった。
「……距離、
変わったな」
悪い意味じゃない。
むしろ、自然だ。
ベッドに横になり、
天井を見る。
ドアは、少しだけ開いたまま。
音も、光も、
ちゃんと届く。
それで安心できる夜が、
また一つ増えた。




