第16話 「夜に増えた椅子が、朝には当たり前になっていた」
夜、ソファの前に椅子を一つ出した。
理由は単純で、床が少し冷えたからだ。
それだけのはずだった。
少しして、コンコン。
「どうぞ」
ルナが、いつものノートを抱えて入ってくる。
「あれ?」
椅子を見る。
「……すわっていい?」
「どうぞ」
そう言うと、ためらいなく腰を下ろした。
宿題は短かった。
終わると、ルナは椅子の上で足をぶらぶらさせる。
「ここ、
たかい」
「視界変わるだろ」
「うん」
しばらく、何も話さない。
テレビもつけていない。
ただ、同じ部屋にいる。
それで十分だった。
夜更け。
「……そろそろ、
もどる」
「分かった」
椅子から降りる前に、ルナが言う。
「これ、
あしたも、
ここ?」
「多分な」
「……じゃあ、
また」
短い約束。
朝。
起きると、椅子はそのままだった。
片付ける理由が、見つからない。
コーヒーを淹れて、
何となくその椅子に座る。
「……悪くない」
夕方。
帰宅すると、椅子の位置が少し変わっていた。
誰かが、座った跡。
ルナが、廊下から顔を出す。
「あ」
「座ったか?」
「……ちょっとだけ」
「どうだった」
「ここ、
すき」
それで結論は出た。
夜。
椅子は、もう片付けない。
特別な意味を持たせる必要もない。
ただ、
必要になったから、そこにある。
それだけだ。
電気を消す前、
ソファと椅子を見比べる。
「……増えるって、
こういうことか」
静かな部屋で、
小さく息を吐いた。
明日も、
その椅子はそこにある。




