道
カリスという弟であろう男性が運転し、姉が助手席、倖と少女は後ろに座って出発した。
エンジン音はどこか電動を感じさせる静かなものだった。
「あの、ここって異世界……って感じのとこなんですか?」
乗ってすぐに出たのは最も知りたい現状。
「……その前に、質問に答える意味を得たい。きみは今から日本側で調べるんだけど、
白であるという自信はあんの?」
この質問返しが、自分の質問の答えにもなっている気がした。
出所したての倖は、その点に関してはだれよりも自信があった。
自分がどういう行動を行っていたかのアリバイは記録されてるはずだ。
だから自信をもって答える。
「はい」
「ふーん、まあいいやそれで。で、異世界だよ。その認識でいい。
私らにとっては日本側が異世界なんだけどね」
石畳の道を進む。コンクリートなんてない。
すれ違うのは、馬車や、鳥のような恐竜のような中間の生物が引いている、
エンジンとは程遠い文明の車。そういう服装の人々。建物。
それらがこちらを見るなりそそくさと避けて行ってくれている。
ファンタジックな風景が過ぎるのが目に入って、質問の意味があまりなかったと気づいた。
「今後、スムーズにするためにも聴くけどキミ名前は? 私はエスカ、そんで――」
「カリス」
進みにくそうな道を頑張って運転する彼がそう答えた。
おそらくタバコであろうものに手を伸ばしたが、
気を失ったままの少女に煙がかかると思ったのか我慢していた。
「佐祥倖です、こっちの子は知りません」
「うん、日本人って感じ。そっちの子はさっきの花屋の子かな。ま、調べればなんかでるでしょ。んで、キミ学校は? 帰り? にしては早いね」
「いや、行ってないです。……無職です」
「へー……」
物珍しいものでも見るかのような反応で、
さらに自分の怪しさも増すように感じて胸がズキッとした。
「そういや、こういう車って他にもあるんですか? 周りには見かけないですけど」
辺りの風景は先程とは少し変わって、
小綺麗なものになっていたが、
変わらず牽引車の類しか走っていない。
「無いね、これだけだよ。すごく特別なやつで……カッコいいでしょ」
変形するスポーツカー、それだけならカッコいいのだが
「そうっすね、でも色がちょっと“くすんだ虹色”ってすげー目立ちますね」
「青だよ」
「え?」
「黒だな」
「んん?」
全員違う色を答えていた。
「――とまあこんなふうにこいつは人によって見え方違うから」
一瞬からかわれているのかと思ったが、何とも奇妙な車だ。
そしてなぜ自分にはそんな色に見えているんだろうか。
エスカが軽く肩をすくめると、
車は石畳の細い道を抜け、
急に視界が開けた。
倖は思わず息をのんだ。
街並みが、さっきまでとは明らかに違う。
石造りの家々は姿を消し、
白い壁と青い屋根が連なる、
どこか神殿のような荘厳な建物群が広がっていた。
倖が車内の空気に慣れ始めた頃、
エスカがふいに振り返った。
「で、倖くん。キミさぁ、ウチに来ない?」
エスカが、まるで雑談の延長みたいな軽さで言った。
だが、助手席から振り返るその目は、軽さとは真逆の圧を帯びている。
「……は?」
倖より先に、カリスが困惑の異を唱える。
ハンドルを握る手が一瞬だけ止まり、車体がわずかに揺れる。
「異世界からの迷子を日本に戻すのには“手続き”が必要なんだよ」
「手続き……?」
「そう。で、その手続きをするのが――」
「姉さん」
カリスが低く制止する。
「カリス君前、ひいちゃうよ」
ハッと前を向きなおしたが誰もいなかった。黙れの合図。
エスカは咳払いをすると続けて言う。
「裏世界管理庁、特務局。人手不足でさ、まあ、
警察とか消防とか外務省とか、そういうの全部まとめて
“異世界関係だけ担当してる変な部署”って思っとけばいいよ」
「うわぁー、すげえ急」
倖の声は素直に漏れた。
情報量が多すぎて、脳が追いつかない。
「公務員、研修25、正局員50、賞与2、昇給あり、社保完備」
魔法の詠唱が始まる。
「すげえ給!」
それは倖の目の色が変わる魔法。
それを見て、エスカは満足げに頷いた。
「倖、お前何歳だ」
「17」
「姉さんだめだろ、あっちじゃまだ高校生だ巻き込むつもりかよ」
カリスが呆れたように言う。
だが声は静かで、怒っているというより現実的な指摘だった。
「いや巻き込まれてるでしょー、もう。よくね?
みんなと歳近いし、無職だし」
「いやいや、あいつらはこっちの人間だろ……一人以外。
……送り返して、適当な守秘義務の書類書いて終わり。いつもの流れ」
「えーつまんね。まあまた明日聴くよ。私は今、倖のことは白だと思ってるから」
エスカがそう言った瞬間、
車の速度が落ち、空気が変わった。
倖は思わず窓の外を見る。
「……でっっか……」
それしか言えなかった。
さっきまでの雑多な街のざわめきが、
まるで境界線を越えたように消えていた。
道の両脇には、
手入れの行き届いた庭木が静かに並び、
その奥に、影のように巨大な建物が立っている。
城とも宮殿ともつかない、圧倒的な存在感。
光を吸うような白。
空気を押し返すような静けさ。
屋根の色は、空と同化して境目が分からない。
門の前には鎧の騎士が整列し、
車が近づくと同時に静かに敬礼する。
「さ、ついたよー」
エスカは当然のように言った。
倖は言葉を失った。
“家”のスケールじゃない。
車が門をくぐると、
使用人たちが一斉に頭を下げた。
「エスカ様、お帰りなさいませ」
「この子、保護対象。部屋ひとつお願い」
「かしこまりました。では、こちらへ」
「え……?」
倖は戸惑いながらも、
使用人に案内されて廊下へ向かう。
床は磨かれすぎて光を反射し、
天井は高く、空気がひんやりしている。
少女は別の使用人に抱えられ、
医務室へと運ばれていった。
エスカ達は車庫へ車を停めに行く。
「カリス、私は今日、冗談言ってないよ」
エスカは車から降りながら、
背中越しにさらりと言う。
「それってどういう」
「言わない。勘違いだったら恥ずかしいから」
エスカは軽く笑い、
そのまま廊下の奥へ消えていった。
カリスは小さく息を吐く。
「……あっこれ、面倒なやつだ……」
車庫の静けさに、
カリスの独り言だけが落ちていく。
倖は使用人に案内されながら、
広すぎる廊下を歩いていた。
足音が吸い込まれるように小さく響く。
壁には見たことのない紋章、
天井には淡い光を放つシャンデリア。
どれも現実味がなく、
夢の中を歩いているようだった。
「こちらが倖様のお部屋でございます。
お疲れでしょうから、どうぞごゆっくりお休みください」
「……はい、ありがとうございます」
扉が閉まると、
急に静寂が降りた。
ベッドは大きすぎて落ち着かず、
窓の外には庭園が広がっている。
どこを見ても“異世界”で、
どこを見ても“自分の居場所じゃない”。
倖は深く息を吐いた。
(……明日、どうなるんだろ)
今日だけで人生が何度もひっくり返った。
明日はもっとひっくり返る気がする。
そんな予感と不安が、胸の奥に残り……
「ま、明日の俺が解決しろ!」
と思って、口に出して、乗り切ることにした。




