氷
「や、キミら……二人?」
出た瞬間、白と青が混ざる長い髪を後ろでねじってまとめた倖よりも少し背の高い大人の女がいた。
光を受けるたびに色が揺れて、冷たい水面みたいに見える。
服装はラフなスーツなのに、どこか隙がない。
立っているだけで、上品さが形になっているようだった。
倖は思わず目をそらした。
飄々とした気さくな挨拶みたいなものなのに、感じたものは敵意と恐怖だったのだ。
「あーえと、一応こんな感じで救助中です」
一挙手一投足が見られている。この緊張感は少年刑務所での経験があったが、比類にならないくらい重く感じた。
「あぁ、そういう感じでくるわけね。まあ“私”だしな。ってか“あっつい”ねここ、ありえない」
「……そうですね、なので救助を手伝って欲しいんですけど」
「いや、しないよ今は。するのは尋問」
一気に声色が変わる
「お前さ、なんで“日本語”喋ってんの? 下手くそな翻訳魔法で乗り切れると思った?」
魔法とはいったい。それを思う間もなく――
「……えっ? はぁ!?」
空気が、落ちた。足元から音のない冷気が立ち上がり、床が白く曇る。
その白さがそのまま立ち上がり、
ひび割れたガラスを逆再生したみたいに壁になっていく。
完成した檻は、触れてもいないのに皮膚の奥が冷たくなるような、逃げ道を拒む冷たさだけがはっきりしていた。
「もちろん、事故でこっちに来るやつはいる。でも魔法をすぐ使えるやつはいない。背中の子はここの被害者なのか、これ焼いてもめた時の負傷者か?」
「あの、俺も何が何だか分からないんです! 交通事故にあって、視界が暗くなったら変な声? 意味? が頭に流れてきて、気づいたらこの家の前に居ました。……あっ、ぼくは頭がおかしいです! でも信じてください!」
矢継ぎ早な圧のある質問、出所したての17歳がそんなのにまともに答えられると思うなよという気持ちが湧き上がるなか、懸命に答えた。
こういう時はとりあえず懸命に言えばいい、意味はないかもしれないが。
そして日本語と言っていた、知っていた。彼女らや家屋、植生を見れば日本ではないと思っていたが、翻訳魔法とやらが全く分からないが、自分が使っている状態なのだろうか、だから伝わっているのか。
「いみわからん、パニック装ってんの? ……はぁ゙ー人狼ゲームだっる、単刀直入にお前らテロリスト?」
この質問でこの女性が何者かという輪郭が見えた。公的な人だ、そして自分は今この家を燃やしたアッチ側の人物だと疑われている。
「ちがいます! 決して魔法だとかでテロ行為なんてしていません!」
「つまり偶然居合わせて、救助中ってわけ? 翻訳魔法の説明がつかんな」
「偶然、善意で中にいたこの子を助けただけです」
「あのさ、じゃあなに? 焼いた奴らが、仕損じたってこと? その子残して撤退?」
それは逆鱗だった。
言い訳として、地下の隠し部屋にいたこと、それが何故か分かったなんて喋っては余計疑惑が深まると思った為に出た言葉。
いや、いずれは聴かれるような事だろうか。
2択の尋問の繰り返し、匙しだいでどうとでも傾くこの状況、ほんとにいつだって立場が弱くて嫌になる。
「てめぇらやりたい放題やりやがってよぉ!? 舐めてんじゃねえぞクソガキがっ!!」
あぁ、これはもう通じないやつだ。
「怒鳴らないでくださいよ! ゆっくり、話せば分かりますって!」
「おっきい声出さないと分かんねえからだろ!? あんま28歳の時間奪ってんじゃねえぞ!?」
「冷静に、まず、この子の治療をさせてくれよォ!!」
「こんなに冷やしてんのにさァ! これ以上は落ち着けないねえ!!!」
飛び交う怒号、絶対に解決しない方向への勘違いの連続。
彼の人生そのもの。でも、こんなに怖いものに対して頑張っている。
「ねえさん」
そのとき、不意に外側から声がかかった。
「……カリスか。来るの遅くない?」
この場を制止したカリスと呼ばれる人物、氷の檻の中からはうっすらとしか見えないが、おとなの男の気配ははっきりしていた。
「あんたが速すぎるんだよ、それに何してんだよコレ」
「暑いから、冷やしてんの」
「……それ、本気で言ってるのか?」
「マジ、だよ」
「で、日本人だろ、相手。普通に拘束して身元調べれば良いんじゃないの」
「……!!」
「いや驚いてんじゃねーよ……」
カリスが呆れたように言うと、
彼女は何か閃いたかのような仕草をした後、ただ片手を軽く振った。
その瞬間、檻の表面に静かな波紋が走る。
白い壁は薄くなり、霧のようにほどけて、
倖の肩をすり抜けて消えた。
冷たさだけが、皮膚の奥に残る。
視界が開けたとき
そこに立っていた影が、ようやく姿を持った。
姉という人物と同じ背丈。
短く切られた白金の髪が光を拾い、
黒い瞳だけが静かにこちらを測っている。
怒鳴り散らかす姉とは違い、表情はほとんど動かない。
「その手があったよねー、モチわかってたよ私」
彼女が軽く笑うと、
張りつめていた空気も少しだけ溶け、
倖の肩から力が抜けた。
安堵がこぼれた、その瞬間。
「動かないで、まだ終わってないから」
カリスの声は淡々としているのに、
檻より逃げ道を塞ぐ響きだった。
「きみの言い分通りだと、別にこのまま連行されてもいいよね?
もちろん身の安全は保障するよ。その子もね」
倖は息を飲んだ。
“保障する”と言われても、安心できる言い方じゃない。
「なんで、そんなに取り乱したの姉さん」
「怖かったの、女の子だから」
「たはは、うける……ウッ!?」
ローキックが綺麗に入った。
彼女の蹴りは、怒りでも苛立ちでもなく、
ただの事務作業みたいなものだが、仲の良さが汲み取れた。
「とりあえず、ウチで処理しよう。カリス、運んで」
「……はいはい」
カリスが肩をすくめると、
彼の後ろに置かれていた大きめのバイクのようなものが
静かに形を変え始めた。
金属が軋む音もなく、
折りたたまれるようにパーツが組み替わり、
天井のない車へと変形していく。
その途中、金属が折りたたまれるようでいて、
どこか植物の蔓が伸びるみたいでもあり、
繊維がほどけて編み直されるようでもあり、
生き物が体をくねらせるようにも見えた気がした。
「うわっ……おっ、おぉー……すっご!」
倖の声が自然に漏れた。
怖さも緊張も一瞬だけ忘れて、
男の子としての反応が出てしまう。
ロマン。
刺激。
未知の機械。
ボロボロの胸の奥が、ほんの少しだけ高鳴った。
「さ、乗ってよ。嫌なら、まぁ……殺すね! 今ここで!」
「はい! 乗ります!」
信じる要素は相手が公的機関、そして日本というものを汲んでくれるかもという淡い期待をもって、
車へと乗りこんだ。




