八話 市場と夕食
レストランの立派な扉を抜けると外は少しだけ陽が傾き始めていた。リィンは弾むような足取りで前に出てくる。
「カケル様、食後のお散歩も兼ねて次はどこへ行きましょうか? この先には噴水広場がありますし、人気の雑貨屋が並ぶ通りもございますが……」
彼女は俺を楽しませようとしてくれているのか、いくつかの候補を提案してくる。
「えっとですね……リィンさん、よければ食材を売っている市場を案内してくれませんか? この街でどんな食材や調味料が売っているのか興味がありまして」
「市場、ですか?」
リィンは意外そうに目を丸くした。 普通の男なら次は武具屋だったり、酒場へ顔を出したりするのが一般的だと思っていたのだろう。
「はい、もちろんです! 中央市場ならここからすぐですよ。カケル様の探しているものが見つかるといいですね。ご案内いたします!」
彼女に先導されて着いた中央市場は、午後の熱気に包まれていた。 通りには威勢の良い掛け声が響き、色とりどりの食材が山積みにされている。
「まずは精肉の区画です。この街の胃袋を支える一番賑やかな場所なんですよ」
リィンが案内してくれた最初の店には、巨大な鉤状のフックに吊るされた肉の塊が並んでいた。
「へぇ、いい色だな……。店主さん、これは何の肉なんですか?」
「お、見る目があるな! そいつは『フォレストバイソン』だ。今朝、腕利きの冒険者が仕留めてきたばかりで、一度も凍らせてねぇ最高級品さ。そこそこな魔力を含んでいるから、食えば力がみなぎるぜ!」
店主が威勢よく肉を叩く。俺は許可を得て、指先で軽く肉に触れる。
(……意外だな。これほど鮮度がいいものがあるとは。それに魔狼の肉を食べた時も思ったがなにか生命力を感じるような……これが魔力なのか?)
「次は魚の区画、あちらです。カケル様!」
そこには鱗を虹色に輝かせる川魚や、魔法で冷やされているのか凍りつくような冷気を纏った巨大な海魚が並んでいた。
「いらっしゃい! こいつは『銀鱗サーモン』だよ。脂が乗ってて、煮ても焼いても絶品さ!」
(……魚の鮮度も申し分ない。目が澄んでいるし、エラの色も鮮やかだ。この世界のコールドスリープ技術……魔法もしくは魔導具か何か? 鮮度維持に関しては前の世界と変わりないのかも)
さらに野菜の区画へ向かうと、今度は土から掘り起こしたばかりのような、力強い造形の根菜や葉物が山をなしていた。
「これは『月見カボチャ』で煮崩れしにくいのが特徴なんです。あちらの『黄金人参』は、生で食べても驚くほど甘いですよ。『ミストレタス』は朝露の多い湿った地でしか採れない野菜で、生で食べると口の中で溶けるように瑞々しいですよ」
(野菜も、品種改良が進んだ前の世界の整った味とはまた違っていて素材の自己主張が激しい。これなら適切な下処理を施してるだけで、化け物じみた一皿ができるぞ)
次に俺が向かったのは、瓶や小袋が所狭しと並ぶ調味料の区画だ。店主の許可を得て、指先に少し取って味を確認していく。
(塩、砂糖、酢……あとは基本的なハーブか。うん、このあたりも似たようなものがあるな。これなら難しく考えなくて済みそうだが……)
一通り食材と調味料を確認したが、一定の確信を得て一安心した。
しかしその中でも「勘」が警報を鳴らしたものもある。虹色を通り越してどぎつい毒々しさを放つ斑模様の魚や、鼻を突くようなツンとしたアンモニア臭と腐敗とは違う異なった刺激を放つ肉。 店主いわく「食べることはできる」というものではあるが、「勘」は「これはただの食材じゃない」と強く言っていた。
(……なるほど、これらは魔力驚異が素材を変化させてしまった『魔導食材』か。前の世界の常識で測れば、確実に「毒」や「腐敗」の部類に入る見た目と臭いだ。だが調理法次第では爆発的な旨味に変わる可能性も秘めているのか……?)
前の世界でもクサヤやブルーチーズ、あるいは毒抜きを必要とするフグのように、一歩間違えれば危険だが、正しく扱えば絶品になる食材はあった。
「……カケル様、そこはあまりお勧めしませんよ」
リィンが袖を少し引きながら、困ったように眉を下げた。
「あれは魔導耐性のあるベテランの冒険者や、変わった味を好む貴族が食するものです。普通の人が食べると一晩中熱でうなされたり、体が痺れて動けなくなることもありますから」
(なるほど。味以前に食べる側にも「耐性」が必要な食材があるってことか。面白い……だが、今の俺が手を出すには、まだこの世界の理を知らなすぎる。この世界特有の『変わった素材』が影響してくるのか、毒や薬効はどうなのか……そのあたりは注意も確認も必要だな)
「……よし、大体の状況はわかった」
「カケル様、熱心に見ておられましたけど、ご自身で何か作られるのですか?」
リィンが不思議そうに首を傾げて聞いてきた。俺が料理人だった事はまだ話していない。正直、正体不明の男が急に主婦のように熱心に食材を漁ったりスパイスを吟味し始めたのだから不思議に思うのも無理はない。
「まぁちょっと……故郷のやり方を試してみたくなりまして。ためしにいくつか買って宿の厨房を借りれるのなら何か作ってみようかなと」
「えっ、カケル様が……ですか?」
リィンは驚いたように瞬きをしましたが、すぐにパッと顔を輝かせました。
「いいと思います! カケル様の故郷のお味、よろしければ私にも……その、いただけないでしょうか?」
「はい、いいですよ。期待に応えられるかはわかりませんが、頑張ってみます」
俺は何を作ろうかと頭で考えながら基本の調味料と食材をいくつか買った。
俺は膨張らむ期待と食材の袋を抱えて、今日泊まる予定の宿に向かった。




