七話 服屋と食事
リィンに案内されてたどり着いたのは、落ち着いた木目調の外観が印象的な服屋だった。
「カケル様、こちらへ! ここの店主は服のセンスは確かなんです!」
店に入ると、リィンの「プロデューサー」としてのスイッチが入った。彼女は店主と手際よく言葉を交わすと、次から次へと服を選び出し、俺を試着室へ押し込む。
「さあ、カケル様!まずはこちらを」
「リィンさん、そんなにこだわらなくてもいいんですが……動きやすければそれで……」
「いけません! カケル様は体格が良いのに、仕立ての悪いものを着ると野暮ったく見えてしまいます。あ、店主! この濃紺のシャツ、それとこのチャグレーコールのベストも試着室へ!」
彼女の勢いに押されて、俺は何度も試着室のカーテンを潜ることになった。 新しいシャツに袖を通し外へ出るたびにリィンは少し離れた場所から腕を組んでうーんと首を傾げたり、パッと輝かせたりする。
「……あ、それは少し袖が短いですね。カケル殿は腕が長いですね」
そう言って、彼女は無防備に俺の腕に触れ引っ張って長さを考えてる。彼女の白い指先が俺の腕に触れるたびにドキドキしてしまう。
「よし、これにしましょう! 街歩き用の軽装を上下三組、長距離移動用としての軽装を上下三組、それと少しフォーマルなジャケットとベストを一着。あ、そのブーツも予備に買っておきます?」
「待って待って、リィンさん。一人で持てなくなるからほどほどでお願いします」
彼女が「これは絶対に外せません」と認めた服をひと通り買い込むと大きな紙包みが渡された。荷物になるためすぐにでもアイテムボックスに入れたいところではあったが、アイテムボックスがどれくらい一般的か?それとももしかしたらめったに見ないのものだとしたらさすがにここで出すわけにもいかないため、服屋にあった大きめのリュックサックも購入して荷物をいれるようにした。
服や靴、リュックサックの合計金額は金貨5枚。まだ色々と価値が不明ではあるし高いか安いかもわからないが支払いを済ませて店を出た。
リィンは自分のことのように満足げな顔で微笑んだ。
「ふふ、素敵ですよカケル様。これで私の隣を歩いていても大丈夫ですね」
「……それ、俺ははかなり怪しいってことですよね?」
「あ……いえ、そういう意味では! ただ、その……今のほうが、ずっと素敵です」
彼女は照れ隠しのようにそっぽを向いて、「さあ、次はお腹を満たしに行きましょう!」と、逃げるようにレストランへ足を進めた。
リィンが案内してくれたのは、大通りに面したひときわ立派な石造りのレストランだった。
外観は、立派なオーク材の扉と、美しく磨かれた大きな窓が印象的だ。二階建ての建物はこの界隈の他の店よりも一回り大きく、看板には金細工で飾られた「銀の匙」の紋章が誇らしく思われている。
店内は隅々まで清掃が届いており、なんだか清潔なテーブルクロスが眩しい。 天井からはシャンデリアが柔らかな光を投げかけ、床のタイルは汚れひとつなく磨き上げられていた。
キビキビと動く給仕や、厨房から微かに聞こえる調理の音……。基準で言えば「最高級」の部類なのだろう。
「カケル様、楽しみにしていてくださいね。ここの料理は一口食べれば疲れが吹き飛ぶほどと言われているんです」
リィンは期待に瞳を輝かせながらメニューを開いた。俺もまたそれなりに高い期待を抱きながら、給仕に注文を宣言した。注文したのは、この店の看板メニューだという「森の恵みの煮込み」と「熟成肉のグリル」だ。
「お待たせいたしました。『森の恵みの煮込み』と『熟成肉のグリル』でございます」
皿がテーブルに置かれた。
「森の恵みの煮込み」はゴロッと大きな塊の根菜と、鹿っぽい肉が茶褐色のスープに浸かっている。 見た目は「肉じゃが」や「ポトフ」に近い。 スープの表面には脂が浮き、立ち上がる湯気からは野性味のある肉の香りと、少しだけ土の匂いが現れた独特の香草の香りが漂ってくる。
メインの「熟成肉のグリル」は直径30センチはあろうかという大きな平皿に、厚さ3センチはろう巨大な赤身肉が鎮座していた。 表面には食欲をそそる格子状の焼き目がついており、滴り落ちた肉汁が皿の上に浮かんでいる。 付け合わせは素揚げにされた芋と、申し訳程度の葉物野菜。
「わあ……!今日のは特に焼き色が素晴らしいですね!」
リィンは袖を邪魔にならないよう少し捲り、銀のバレッタでまとめた髪を揺らしながら、子供のように目を輝かせた。清潔な店内にこの野性的な料理の香りが満ちる。
(……見た目は悪くない。肉の焼き加減も、外側はパリっとしているようだ。だが……)
俺の料理人としての「勘」がわずかな違和感を捉えていた。香りの重なりが浅い、いわば素材をただ「加熱しただけ」のような、直球すぎる匂いなのだ。
私はナイフを手に取り、まずはグリル肉の端を分けた。
「いただきます!」
リィンが幸せそうに肉を口に運んだ。 それを見て届けてから、私も一口、その「大事な味」を確認するべく口に運んだ。
(……あ、うん、なるほどな)
不味くはない。肉はそれなりに柔らかい。しかし、焼き方が甘いし味付けがかなり単純なのだ。強火で一気に焼きすぎているせいで表面の焦げの苦味があり、中心部には肉本来の旨味を引き出すための熱が伝わっていない。味付けは岩塩を直接振りかけただけの塩気、肉の繊細な味を完全につぶしていた。
続いてスプーンを伸ばした「森の恵みの煮込み」は、さらに「惜しい」のオンパレードだった。
(……ああ、やっぱりか)
一口含んだ瞬間、鼻に抜けるのは素材の良さではなく肉から出た灰汁の雑味だ。
野菜も同様だった。 形は残っているが芯まで味が染み込んでいない。 それどころかあるものは煮崩れ、あるものはまだ少し硬い。
素材は良いはずだ。野菜は力強い味がし、肉も本来はもっと味があるはずだ。だが元の世界では当たり前だった灰汁抜きや出汁の使用、火を休めるなど完成度を高めるための工程が抜け落ちている。
「……っ! 美味しい……! カケル様見てください、このお肉。とても柔らかくて風味豊かなお料理、私久しぶりにいただきました!」
リィンは目を輝かせ、本当に幸せそうに頬を緩めている。彼女のその反応を見て俺は悟った。
(なるほど……これが、この世界における『いいレベル』の食事なのか)
リィンがこれほど感動していても、この世界の食文化は俺の世界の「家庭料理」同等、いや申し訳ないがそれ以下だといってもいいだろう。
(俺の知ってる料理の知識と「勘」を使って料理を作ったら、この街……いや、この世界の人間は腰抜かすんじゃないか?……いや、まだ今ここで結論を出すのは早すぎる。この店がたまたまそうなのか、この国やこの世界全体のレベルがこれなのか。流通している調味料の種類も、一般的な人が普段何を食べているのかも、俺はまだ何も知らないんだ)
知らない世界で、自分の基準を決めつけるのは危険だ。 まずはこの世界の「平均」を知る必要がある。
目の前で無邪気な食事を楽しむリィンの笑顔を見て、いつか自分で作って「おいしい食事」を食べさせてやりたい――。 そんな野望が、静かに胸の中で芽生え始めていた。




