五話 街到着
夕闇が草原を黄金色から深い紫へと塗り替えていく中、街の灯りを目指して淡々と歩き続いていた。
背中に伝わるリィンの体温。一歩踏み出すたび、鎧の隙間からやって来る彼女の柔らかい肉感。翔は理性でそれを「怪我人を運んでいるだけだ」としている。
(……右肩にかかる胸の重みが少し増えた。彼女が疲れて俺にさらに体重を預けた証拠だ。……そして、この心音の速さ……)
背中越しに響く鼓動が自分の心臓と共鳴するように速まっているのがわかる。 それが彼女の体調不良によるものものか、困っている自分と同じ「意識」によるものかはわからない。
「……あ、あの、カケル様。もう街の門が見えてきました。……本当に申し訳ありません」
耳元で囁くリィンの声が少し名残惜しそうに聞こえたのは、俺が都合良く見せている幻聴だろうな。
「ああ、なんとか着きましたね。とりあえず門までいきましょう」
巨大な石造りの門。 松明の炎が揺れる中、重厚な鎧を纏った門番たちがこちらを凝視している。
「止まれ! 何者だ!」
二人の門番が槍を水平に構え、鋭い声を上げた。
「……あ、あの……待ってください。私です……」
背中から、消え入りそうな掠れた声が漏れた。リィンは目立つ手で自分の懐から泥に汚れた銀色の徽章を取り出した。
「……リィン隊長!? どうしたんですか!?」
門番の一人が駆け寄り、その徽章と彼女の顔を確認した瞬間、槍を床に落としそうなほど動いた。
「……魔物の追跡中に不覚をとってしまい、意識を失っていたところを……このカケル様が助けてくれたのです。私の、命の恩人です……」
「……失礼いたしました。リィン隊長を救っていただいたこと、心より感謝いたします。……さあ、リィン隊長。今すぐ衛生班をお呼びしますから!」
「……いえ、騒がないでください。カケル様のおかげで、もう大丈夫ですから……」
リィンはそう言いながらもさらに俺の首元に腕を回した。 門番に引き渡される安堵感か、俺の背中にしがみついているという恥ずかしさか、彼女の体温がさらに上がった気がした。
駆けつけた救護担当が来たため俺はリィンを慎重に床へおろした。 背中から彼女の重みが消えた瞬間、急に夜風がたく冷たく感じらたが気のせいだろう。
「カケル様。本当に、ありがとうございました。必ずお礼に伺います……門番の彼にこの街で一番おすすめの宿を案内するように言ってありますので、今日はそこで体を休めてください」
「わかりました。お気遣いありがとうございます。リィンさんもしっかり休んでください」
リィンは何度も名残惜しそうにこちらを振り返っていた。俺は短く手を挙げて彼女を見送り、門番に案内されて宿屋『木漏れ日亭』へと向かった。
リィンおすすめの宿屋『木漏れ日亭』は、外観は年季の入った石造りと温かみのある木材が調和したいかにも旅人が羽を休めるのに相応しい佇まいだ。
出迎えてくれた女将さんはふくよかな体型に笑顔を浮かべた女性だった。
料金は食事つきで一泊銀貨5枚。お金を所持していなかったのでまずいと思ったが、どうやらリィンが出してくれていたようでそのまま部屋に案内された。
案内された部屋も簡素ながら掃除が行き届いており湿り気のない清潔な見た目の香りに俺はひとまず安心して一息ついた。
しかし、食堂で出された夕食を前にして俺は少しだけ顔を歪めた。目の前にあるのは水分が多すぎる麦粥に塩気が強すぎる干し肉の切れ端、そしてクタクタに煮込まれた正体不明の葉野菜。
作ってくれた人には悪いが、これはひどい。麦粥は水分量が多すぎ、干し肉は塩抜きが甘すぎる、というかしてない?正体不明の葉野菜はクタクタすぎて繊維が溶けてるんじゃないか?
料理全体のバランスを考えればこれは間違いなく「失敗作」だ。味のコントラストもなければ素材へのこだわりも感じられない。
正直残してしまおうか思ってしまうところだが、料理人として「食」を司る者が出されたものを不味いからと突っぱねるのは、己の誇りを捨てるのと同義だ。
最後の一滴まで飲み干し俺はそっと空になった木の器を聞いた。 喉の奥に残る塩気とえぐみ。 それを「経験」という名前を糧にして、俺は自分の部屋へと戻った。
ギシギシと鳴るベッドに腰掛け、森で作った保存用の燻製肉を取り出した。さすがに口のなかが「ひどい料理」の記憶に支配されているためお口直しとして噛みしめる。
(ここの料理がひどいだけなのか、それともこの世界の料理基準がひどいのか確認しなくちゃいけないな。最悪、飯は全部自作になるな……)
その時だった。コンコン、と控えめなノックの部屋に響いていた。
「……カケル様。起きていらっしゃいますか? リィンです」
(――こんな時間に?安静にしているはずなのに……わざわざ来たのか)
扉を開けた瞬間、翔は言葉を失った。
そこに立っていたのは、先ほどまでの鎧姿のリィンではなく薄手の白いブラウスに、腰のラインを強調するタイトなスカート。
豊かな胸のふくらみ、引き締まったウエスト、そしてスカートから伸びる健康的な脚。 私服姿の彼女は凛々しい騎士というよりも、年相応の艶やかな女性だ。
「夜分に申し訳ありません。……その、どうしてももう一度直接お礼が言いたくて」
彼女は頬を赤らめ、もじもじと指先を動かしている。
「……リィンさん、体は大丈夫なんですか?」
「はい。カケル様にいただいたお薬と、治癒魔法のおかげで。本当にありがとうございました」
「それならよかった。でも大丈夫だからって無茶して歩き回るのはダメですよ。今日は大人しく寝てくださいね」
「……はい、すみません。今日は休みます……で、ですが!よろしければ、明日非番の日なのでこの街を案内させて頂けないでしょうか?命を救っていただいたお礼も兼ねて……」
リィンは上目遣いで見つめてきた。
「ええ、喜んで。じゃあ明日の案内、楽しみにしてます」
「はい!では、また明日の朝に。……おやすみなさい、カケル様」
リィンが弾むような足取りで去っていく。無茶すんなって言ったのに……
「……ふぅ。しかし激動の一日だったな」
ベッドに横たわり、天井を見つめる。目を閉じて、今日起きた出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
知らない森での目覚め、魔物、チート能力に「勘」、最初に出会った一人の女騎士。
リィンの体温や、背中に伝わってきた驚くほどの柔らかさ、そして耳元で聞こえた吐息……。その感覚がまだ残っているようで、意識するとまた心拍数が上がってしまう。
(……これから、どうしたもんかな)
この世界については、まだ右も左もわからない。 今日の夕食を思い出し、料理人としての腕を振るうのも悪くないな、なんて考えている。
(明日はとりあえず、街を案内してもらう約束だ……)
リィンの私服姿がまぶたの裏に焼きついて離れない。 明日もまた彼女と会うのだと思うと、色んな不安よりも期待している自分がいる。
「……ま、なんとかなるか」
この世界での生活は、きっと面白いものになるだろうと。 心地よい疲労感に身を委ね、俺は深い眠りへと落ちていた。
投稿頻度に関しましては今のところ不定期です。書ければ投稿という感じなので。将来的には定期で投稿できればいいですねぇ……




