四話 街さがしと人助け
俺は広大な平原へと視線を向けた。 道などどこにもない。 しかし目を細めて「人のいる場所」を意識した瞬間、パズルのピースがはまるように意識が一点まで収束していく。
(……右前方、十キロ。あの丘の向こうに、大きな街がある)
普通の人間なら「本当にこの先に街なんてあるのか?」と疑う場面が、俺に迷いは微塵もなかった。
歩き出すと、「勘」はさらに精度を増していく。
(右の茂みを通れば、トゲのある草を避けられるな)
(この坂を登るより、左に迂回した方が足場の硬い土が続いて楽だ)
まるで、透明な先行ランナーが床に「正解のルート」を白いラインで盛り上がっているような感覚。 道なき道を進んでいるにもかかわらず、常に最も効率的で最も安全な最短距離だった。
街を目指して丘を下っていたとき、「勘」がふいに鋭い反応を見せた。
(……なんだ?あっちの岩陰か?)
最短ルートのまま直感に導かれる茂みを進むと、そこには一人の女性が倒れていた。 革の軽鎧を身に着け、手には折れた細剣。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
(――この世界特有の「魔力欠乏」と脱水症状だ。森で拾った「青精草」、それに銀色の薬草を合わせれば特効薬になる)
普通なら毒か薬かもわからない草だが、俺は迷わず荷物からそれらを取り出した。森でのサバイバルの中で、「なんとなく」集めていた物たちが、パズルのピースのように繋がっていった。
俺は手際よく薬草を砕いて混ぜ合わせ、その汁を彼女の唇に垂らした。
「……う、ううん……ここは……? あなたは……?」
「ただの通りすがり。無理に動かない方がいいですよ。薬草を飲ませたからしばらくすれば楽になるはずです」
彼女はまだ状況が掴めず、沈黙と警戒が混ざった対立を泳がせたが、ふっと全身の力を抜いた。
「助けて……いただいたのですか?」
「まぁ偶然で。ちょうどお節介を焼きたい気分の時に通りかかったってだけですよ」
彼女は小さく「……ありがとうございます」と漏れ、深く安堵の息を吐き出した。
「私はリィン。……街の騎士団に所属する者です。魔物の追跡中に不覚を取ってしまい……。意識が遠のく中で、もうダメかと思いました」
「俺は翔。……まあそう、自分を責めないで。今は命があったことを素直に喜んでおいてください」
とりあえず簡単に名乗ってから手早く荷物をまとめた。
「さて、名乗りも済んだところで移動しましょう。……と言いたいんですが、リィンさんは歩けますか?」
リィンは「ええ、大丈夫です……」と言いながら、実際立ち上がった瞬間、苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちそうになった。
「……っ、申し訳ありません。足に、力が……」
「魔力欠乏に脱水症状。その状態じゃまだ歩くことは難しいですね」
「勘」は厳しいほど正確に、リィンが自力で歩く可能性がゼロであることを宣言していた。
「一刻も早く、街へ報告に戻らなければいけないのに……」
ついでにあともう少しで日が暮れる、と「勘」が教えてくれる。そうなれば視界が悪くなるし魔物が集まってくる。無理にでも歩かせるしかないんだが……
「……じゃあ、背中を貸します。街まで運ぶので乗ってください」
俺はリィンの前にどっしりと背中を向けた。
「えっ!? い、いえ、それは流石に……! 初対面の異性の殿方に背負われるなど、騎士の端くれとして……っ」
顔を真っ赤にして狼狽するリィンを、翔は振り返らずに一喝する。
「リィンさんをここに置いていったら俺が後味の悪い夢を見るだけなんで……。遠慮して時間が過ぎる方が俺にとってはよっぽど迷惑です」
「……あ、……。……すみません。では、お言葉に甘えて……失礼、いたします……」
リィンがおずおずと腕を肩に回し、その背中にゆっくりと身を預けた。 彼女を背負い上げた瞬間、背中に彼女の熱い体温と女性らしい柔らかな重みが背中に伝わってきた。
「――っ」
思わず喉の奥で息が詰まる。 耳元で聞こえるリンの非常に速い呼吸、慎重さからか俺の首筋に押し当てられた彼女の熱い顔、そして一歩の心臓の向こうにいるような感覚。
「……カケル様。その……重く、ありませんか?」
「ああ、全然。……とりあえず、ちゃんと掴んでくれないと、心配で歩けないよ」
俺は前を向いたまま、平然を装って答えた。 しかし実際には自分の心拍数が上がって顔が夕焼けに赤くなっているのを、必死に隠さなければならなかった。
(……いや待てよ。命懸け森で抜けてこうして女の子を助けたんだ。……少しぐらい、役得があっても罰は当たらないよな?)
一度は必死に抑え込んだ「男としての本音」が顔を出す。
(……正直、めちゃくちゃラッキーだよな、これ。……「勘」がこっちに行かせたのはこのためだったのか?……そんなわけないか)
翔はリィンを落とさないようにその細い脚を優しく、それでいて力強く支えて夕闇が待ち構える平原を街に向かって歩き出した。




