一話 異世界転移、からのピンチ
人生初投稿になります。よろしくお願いします。
目の覚めたそこは、深い森の真ん中だった。
鬱蒼とした木々の合間を縫って、わずかに陽光が差し込んでいる。湿気をたっぷり含んだ土の匂い、見慣れない巨大なシダ植物。周りを見渡したあとに一瞬考えるのをやめようかと思ったくらいだ。できれば夢であってほしいと願ったが現実らしい。
つい数分前まで疲れた体をベッドに放り込んでいたはずの俺、黒崎翔(25)は、どうやら「異世界転移」というやつをしてしまったらしい。
暇つぶし程度だがネット小説を読んでいたから少しくらい知識はあるとして、まさか本当にこんなことが起きるとは思ってもみなかった。
しかも勇者召喚とかでどこか城にでもいてくれたらよかったのに、ガチ森だよ。シャレにならん。
服装は帰宅してからそのままだったのでTシャツにジーンズ、靴は脱いだはずだが今は履いている。持っていたのはスマホとなぜか腰に差さった真新しいサバイバルナイフっぽいナイフだけ。スマホは圏外。
途方に暮れながらも現状を把握しようと周囲を警戒していた、その時。
「グアアアッ!」
低い唸り声と共に、茂みから飛び出してきたのは、灰色の毛皮と黄色い瞳を持つ狼のような獣だった。体長は優に1.5メートルはある。あれが、きっとこの世界の「魔物」なのだろう。
(やばい、来る……!)
その巨体は、地面を蹴立てて一気に距離を詰めてきた。驚く思考よりも早く体が動き、なぜか妙に研ぎ澄まされた身体能力と反射神経が機能して俺は獣の突進を紙一重でかわし、そのまま渾身の力を込めてナイフをその脇腹に突き立てた。
手応えは驚くほど軽かった。 まるでバターに熱いナイフを差し込んだかのように、刃が根元まで狼の脇腹に吸い込まれていく。
「ギャンッ!?」
狼が悲鳴を上げ、転がるように着地した。狼は苦しげに喘ぎながらなおも殺意を込めてこちらを睨みつけてくる。その眼光にはまだ獲物を狩ろうとする凶悪な光が宿っていた。恐怖に突き動かされるまま、二歩、三歩と踏み込んだ。景色が後ろへ飛ぶように流れる。自分でも驚くほどの速さで移動して狼の懐に到達しナイフを突き出した。ナイフの先端が狼の分厚い喉毛を切り、喉笛の奥深くまで潜り込む。
狼が声を漏らす暇もなかった。 二撃目、三撃目。 手首を軽くかえしているつもりなのに、ナイフはまるで吸い寄せられるように、正確に急所だけを抉り取っていく。抵抗は全く感じない。 まるで熟しきった果実に指を突き立てるほどの柔らかさだ。
最後の一振り。 力任せに横へ薙ぐと、1.5メートルの巨体を支えていた首の骨が、ゴリリと鈍い音を立てて断裂した。
気づけば、目の前の巨幹は糸の切れた人形のように崩れ落ち、地面に沈んでいる。 噴き出した大量の血が私の靴を赤く染めている。
ナイフを握る右腕は、重労働を最後まで終えたような疲れすら感じていない。 あまりにも簡単に終わってしまった。 その異様さに、俺はただ立っているしかなかった。
1.5メートルの猛獣を相手にかすり傷ひとつない自分の状況に、俺は言いようのない違和感を覚えていた。
倒した安堵と同時に、次の問題が頭を占めた。
「空腹」
極限の緊張状態から解放された安心、胃袋がひっくり返るような激しい飢餓感が襲来。
目の前には、たった今仕留めたばかりの巨大な肉の塊。
「……これ、食えるのか?」
1.5メートルもある狼の死体を見下ろす。 本来なら野獣の肉、それも魔物(?)かもしれない肉を口にするのは抵抗がある。常識で考えれば、正体不明の肉だ。毒があるかもしれない。じっと肉を見つめていると、脳の奥でざわざわとした確信が湧き上がってくる。
(……大丈夫だ。これは食べられる)
根拠なんて何一つない。ただの「勘」だ。 しかしその勘は先ほどの戦いでスローモーションに見えた時と同じ、奇妙なほど透き通った説得力を持っていた。
俺はまだ血の付いたサバイバルナイフを握り直し、狼の死体の傍らに膝をついた。
(まずは皮を剥がないといけないな……)
解体の知識があるわけではない。にもかかわらず、ナイフを当てるべきポイントが直感で理解できた。
アキレス腱のあたりに刃を入れる。そこから後ろ脚の内側に沿ってナイフを一気に走らせた。 サバイバルナイフの背にある鋸刃が、時折硬い腱を噛み切るゴリッとした振動を伝えて来るが、それすらも心地よいリズムに感じられた。
手首をほんの少し捻るだけで、強靭な関節がパキリと外れた。 1.5メートルもの巨体だ。 本来ならば斧や大きな鉈が必要なはずの作業なのに、結局ナイフ一本でパズルを理解するように肉の塊が切り出されていく。
気づけば、周りには整然と並べられた「食材」があった。 返り血で赤く染まった自分の手を見つめる。
最初とは思えないほど鮮やかな解体作業。 まるで長年の解体師として生きてきたかのような自分の手際に、安堵よりも先にどこか自分ではない何かが腕を動かしていたような、薄寒い感覚が背中を通り抜けた。
この「異常な本能」と「異常なほどスムーズな解体」。 もしかしたら、戦う力だけじゃなくて、生きるための能力まで何か特別な補正がかかっているんじゃないか。
そんな疑惑を抱いたが、すぐに次の感覚にかき消される。 俺は切り分けたばかりの肉の塊を手に取り、次なる「勘」——火の起こし方を探るために立ち上がった。




