第9話「敵情視察」
「ぷはぁ! おいしい」
ビール飲み干し満足げな少女。
ただし、
「それ貴重だから一杯だけな」
む。
「なによケチねー。っていうか、この料理、私のご飯のパクリじゃない?」
一口たべた豆料理に敏感に反応するメルシーちゃん。
「ぱ、ぱぱぱ、ぱくってねーし!」
そ、そそ、そりゃちょっとはインスピレーション受けたけどさー。
「動揺しすぎじゃろ」
うっせーよ。
「つーか、あの村の素材でできるもんっていったらこれくらいだよ! しょうがないだろ」
「ふーん、まぁいいけど……。あ、おいしいじゃん」
ふふん。
ゴードンの皿に手を付けたメルシーをみて、一瞬で気をよくする田中。
「──でも、まだまだね」
ずるっ!
「どっちだよ!」
「両方ー」
ったく、素直な女じゃねーなぁ。
「まぁ、でも──じっさい味が似通うのはしょうがないわよねー」
「そりゃ素材が同じだもんなー」
しかも同じ仕入先。
なら、あとは調味料の分量とかくらいしか差をつけようがない。
あるいは下処理か?
まぁ他にもやりようはあるんだろうけど、田中はプロの料理人ではないしね。
そもそもサルーンじゃありふれた料理だ。
豆料理といえばこれ。
チリ・コンカーン(メキシコ風豆煮込み)だ。
またはフリホーレスともいう
「「チリ・コンカーン?!」」
「そ。だいたいできる豆料理ったらこれだろ」
「ふーん。ま、これくらいなら、ウチが負けることはないかなー」
「……マジで敵情視察かよ。別に競合しないだろ?」
こっちは村から3里も離れている。
村に到着した人間がわざわざ来るほど近くもない。
「そーなんだけどねー。……ここ、いずれはライバルになるかもって」
どきっ。
メルシーちゃんの視線ががらんどうの二階を向く。
いずれ宿屋もしようかと考えていることを見透かされたのかもしれない。
「な、ならないよ。……まぁ、峠の茶屋程度だと思ってくれ。村にいく商人だかの中継地点」
「んー。今のところは確かにそうねー」
だろぉ。
「あ、でもそうだ」
「ん?」
「素材の話だけど──さっき村に変な商人が来てたわよ?」
「「……変な商人?」」
思わずゴードンと顔を見合わせるのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
いらはい、いらは~い♪
村の中央に大型馬車を止めて露店中の人物がひとり。
言わずとしれた、さっき変な歌を歌っていた奴だ。
しかし、今はさすがに商売人の顔をして愛想よくしている──。
「おや、珍しい飾りだねー。いくらだい?」
「うしゅしゅしゅ。お目が高いですねー奥様。そちら、某有名な工房で作られた飾り玉でして────なんと、お値段金貨3枚! もしくは麦袋二つと交換です」
「あらぁ、結構するのねー」
「でも、限定生産で手にはいるのは今だけですよぉ──うしゅしゅしゅ!」
限定の言葉で奥さん連中の心をくすぐる商売。
なかなかやり手らしい。
「わかったわー。これ、麦でいいかしら?」
「毎度ー。そちらのお嬢さんは?」
そういって、目を向けたのはメルシーちゃん。
「ね──変な商人でしょ」
「うん。変な商人だね」
「つーか、コイツ知っとるわ」
げっ!
「ゴ、ゴードン……」
「知り合いか?」
「知合いたくはないがのー」
むぅぅう!
「なんだいなんだい! 買わないならあっち行っとくれ──!……つーか誰が変な商人かぁ!」
「いや、お前だよお前。……麦一袋の相場がよくわからんけど、いくらなんでもただのガラス玉に金貨はやりすぎじゃねーか?」
んが!
「な、なななな──ガ、ガラス玉って、そ、そそそ、そんなことは……」
チラッ。
「ガラス玉じゃな」
「んが! ゴ、ゴーーーーードン! 商売の邪魔はやめれー!」
ムッキー! と地団駄を踏んだ商人は、ゴードンに掴みかかるも、あえなくあしらわれる。
そして、その瞬間周囲の冷たい視線に気づいて、作り笑い。
「……ガラス玉なのかい?」
「い、いやー」
「限定品じゃないのかい?」
「え、え~っとぉ、ある意味限定品ですよぉ──うしゅしゅ……」
バンッ!
「返品だね」
「あ、はい」
ガラス玉を買った奥様はすぐにそれを返して麦袋を取り返し、それを二つ抱えてノッシノッシと帰っていった。
それを見送る商人はがっくし──。
「ち、ちっくしょー。もう少しで荒稼ぎできたのにー!」
「いや、まっとうに商売せい! お前みたいなのがいるからワシら流れ者の風当たりが悪くなるんじゃい」
「関係ないねー! 騙される田舎者が悪いんや!」
「なぬー!」
ゴードンがいきり立つと、商人も負けじと「やるかこのぉ!」と埃っぽいマントを脱ぎ捨てると腕まくり。
……しかしまぁ、その腕の細いこと細いこと──因縁ありげなゴードンに比べて、細いし小さいし可愛いしで────って、
「……エルフ?」
「あん? なんだい、アンタ──!」
そう。
そこにいたのはグルグル眼鏡をした、きつ~い目つきのエルフの少女であった。