第30話「魔法瓶」
あれから数日後──。
「ふぃー。ちかれたわい」
「お疲れさん」
キンキンに冷えたビールを差し出す田中。
受け取るはねじり鉢巻きに泥だらけのゴードンだ。
「作業のほうは?」
「まぁ、上々じゃな。あと少しで完成だ」
「そりゃありがたい──アンタに一番湯をごちそうするぜ」
「ほっ! そりゃ光栄じゃ──湯はいいからのー」
うんうん。
わかるわか──……。
「──うわ、あせくさー」
ゴードンといつもの作業について打ち合わせ中に乱入する声が一つ。
まぁ、ゴードンと田中のほか、ここにいつも来る奴といえばあと一人か二人くらいなもんだ。
「はぁ……。いらっしゃい、メルシー」
「ほんと、お前さんはいっつもおるのー」
汗臭い、臭いと、
文句を言いいながら入ってきたのはやっぱりメルシーちゃんだった。
彼女は、村唯一の宿屋の看板娘兼、お給仕さん。そしてウチの常連でもある。
いや、常連というか、スパイ??──なので、今日も今日とてご飯をたかりに来たらしい。
そして、ついでにメニューをパクっていく。
「パクってないわよ」
「パクってるパクってる」
メニューも、料理もパクパクしてるから。
「あによぉー、いいじゃない減るもんじゃなし」
「俺のレシピが減るだろ! ったく……」
まぁ一応、飯代は払ってくれるし、客といってもほとんどこいつ等だし。
「で──どうする、飯か酒か。あ、ゴードンはこれな」
ドンッ!
「うほっ! キンキンに冷えとるのー」
「そりゃな……」
連日の採掘でなんとか必要量の銀を採取したゴードンによって完成したのがこれ──。
大型の純銀製魔法瓶なのである。
なんと、本当に内側を銀で加工してしまったのだ。
外側はさすがに銅板だけど、中世技術レベルの魔法瓶はとにかくデカい。具体的には樽サイズである。
「そうかそうか、役に立っとってなによりじゃ」
「いやー助かるぜ。まぁ、本物の魔法瓶ほどではないけど、これはこれですごいぜ」
実際に氷が全然解けないのだから大したもんだ。
「本物っつーと、真空層をつくるやつじゃの──いずれ作って見せるわい!」
ガッハッハ!
豪快に笑うゴードン。
中世レベルの技術では不可能だが、実際に完成させてしまいそうな勢いがある。
「へー。これがその魔法瓶ってやつね。どっちかっていうと樽?」
「あ、それ頂き──ややこしいから魔法樽って呼ぶわ」
別に魔法でもなんでもないけどね。
「しかし、氷はレベッカが来るまではお預けじゃの」
「ま、ある分だけだしな──次が楽しみだぜ」
そろそろ来ると思うんだけどな。
「ふーん。それよりも、さっき何の話してたの?──なんか一番湯がどうのとか」
「「ぶふっ!」」
思わず吹き出す男二人。
ばっちり聞かれていたらしい。
「うわ、きったいなわねー!」
「わ、わるいわるい──。オツマミくうか?」
「うむ。ワシの酒半分やるぞ」
ほれほれ
どーぞどーぞ。
「いやいや、あからさまに話題そらさないでよ。なんか隠してるでしょ」
「どき」「ぎく」
じー。
「ナニモカクシテマセンヨ」
「ソーソー、カクシトランノー」
じじー。
「じゃー聞くけど、ゴードンってば、な~んでまだ坑道にいってんの? 銀……はもう十分採取したんでしょ? お小遣い稼ぎぃ?」
にちゃあ、と意地悪そうな笑みを浮かべるメルシーちゃん。
これには山師としても鍛冶師とてもカチンときたのがゴードンさん。
「ば、馬鹿モ~ン! ワシの鉱山でもないのに勝手に採掘するわけなかろう」
いや、それを言えば田中のものでもないけどね。
今更だけど、このサルーンの権利とかどうなってんだろ。
「じゃーなんでー?」
「うぐ! そりゃー……」
チラリっ。
思わず田中の顔を窺うゴードン。
もちろん、アレのためにゴードンに骨折りしてもらっているのだ。完成までの間のお酒を奢るという約束で。
はぁ、しゃーないか。
「……まぁ、どうせいつかは話すし、別にいいぜ」
「そうか? まぁ、レベッカではないしの──」
あいつにバレたら面倒だと言わんばかり。
ま、言わんとすることはわかる。
あのがめついエルフが銀や諸々のことを知ったら絶対首をつっこんでくるからね。
「実はのー。この裏の鉱山の中に、温泉があってな──熱水鉱床があるからもしやと思ったら、結構な温度なんだよ」
あの時みた熱水鉱床の痕跡。
地底湖の中に沸いていたので、てっきり低温かと思いきや──実際は40度を超えていた。周囲があまりにも冷たいので、わからなかったのだ。
「……まぁ、そのせいもあって、あそこにサハギンが巣食とったんじゃがのぅ」
ゴードン曰く、暖かい水に惹かれて、やつらの産卵場になっていたらしい。
ま、そのせいで今度はクラーケンに食い荒らされてしまったようだけどね。
「お、おんせん?……なにそれ、おいしいの」
ベタやなー。
「知らんの?」
「知らない。たべもの?」
……ほんと、知らんみたい。
「まぁ、人族だしのー。ワシらドワーフはともかく、荒野の者が知っとるはずあるまい」
「そういうもんか。まぁ、暑い地域で、わざわざ暑い風呂に入ろうとは思わんわな」
「そういうことじゃ」
この辺の人らの入浴といったら、せいぜい固く絞ったタオルで体を拭くくらい。
あとはたまの雨で水浴びとかね。
「ちょ、ちょっとぉー、二人だけで分かってないで教えてよ」
「まぁ、簡単にいえばお湯が沸いてるんだよ。んで、それを引いて風呂にしようって寸法──」
「お風呂? この暑い中?」
「そ。この暑い中」
うん。
いいたいことはわかるがね。
ただ、こればっかりは日本人じゃないとわからんだろうなー。
暑い中に入る暑い風呂もまた格別なのだ。
「ま、騙されたと思って完成したら入り──……おい、なんだその目」
「すけべ」
……は?
「──……い、いやいやいやいや! そーいうんじゃねーよ!」
一瞬なんの話かと思ったわ!
別にそんなラッキー期待してないっつーの!!
「だいたい、見るほど────……あるな」
どっかの関西弁エルフと違って、メルシーちゃんは出るとこ出てるんだよな。
しかも、多分着やせするタイプ。
「誰が絶壁やて~……」
うげ!
こ、この声は──……。
「来よったか」
あちゃーとした顔のゴードン。
そして、当然声の主は……。
「なんやウチに隠れておもろそうな話しとるやんけ」
もちろん、関西弁エルフことベッキーちゃんである。




