第20話「鉛中毒」
鉛の有毒性は、地球でも知られるようになったのは割と近年に入ってのことであった。
それまで、成形が容易で比較的安価で大量に手に入る鉛を使った金属器は日常にありふれていたという。
今では信じられないが、鉛の食器──鉛の保管容器。そして、水道管にも鉛が使用されていたという。
とくに、鉛をつかった食器は、一部では嫌な臭いがすると避けられることもあったが、その逆に、鉛をつかうことで味がまろやかになるとまことしやかにささやかれていたこともあり、ワイングラスやスープ皿に用いられることもあった。
実際に、水や温水と融合した鉛は僅かに水中に溶け出し、味覚を刺激することで知られてる。
それが実際に味にどう影響したのかは定かではないが、愛好家がいたことからもそれなりに評判を得てきたのは事実だ。
そして、その影響は今でよく知られるいる鉛中毒というもの。
つまり重金属障害である。
とくに、鉛は骨や内臓、筋肉に蓄積することで知られており、一度体に溜まった場合は有効な治療法がなく、やがて死に至る病を発症する。
ひどいときには体中を蝕み、精神にすら影響を及ぼす奇病となるのだ。
実際、ローマ帝国でも、この病は蔓延していたし、日本においても発掘した骨に鉛が蓄積されていたことが確認されている。
いずれも、長生きした痕跡がないことから、なかり深刻であったとされる。
近年でも、北海航路探検中のイギリス海軍の帆船で、詰んでいた食料や浄水設備に鉛が使われていたことが一因となり、多数の隊員が鉛中毒になっていたことがのちの調査で判明したいたりする。
それくらいに鉛とその中毒は近年まで間近にありながら人類を蝕んでいたのである。
「──つまり、鉛をつかった食器や水道管は、病を引き起こすと?」
「あぁ、間違いない──俺も詳しいわけじゃなけどな」
それを聞いたゴードンはフームと腕を組む。
「知らん事とはいえ、ワシもこれまでいくつか鉛の製品をつくったこともある。……しかし、おまえさんがそんな嘘をつくとは思えんしな」
「悪いな──なので、パイプを鉛に使う案はなしだ」
「むろんじゃ──そして、悪いがそのことを郷里に伝えてもよいか?」
「もちろんだ」
どうやら、ゴードンはドワーフ社会にこのことを伝えるつもりのようだ。
別に悪いことでもないので、田中は二つ返事で了承する。もっとも、信用されるかどうかは別の話だけどね。
「いや、実際のところ、経験則でその辺の因果関係は探れよう──。鉛器を嫌うものも多いでの」
「うー。それを聞いたら私も鉛の食器とかは避けたほうがいいよね」
メルシーちゃんは気が気でない様子。
「そうしたほうがいい。あと水回りや保管容器も気をつけな。意外と知らないところに使わているかもしれないからな」
先に述べた北海航路探検隊なんかその才たる例だ。
浄水器に、食品──とくに缶詰のはんだに使われていた鉛が原因だなんて、普通は気づきようがない。
「しかし、そうなるとやはり鉄かー」
「うーん、それか陶器とかか?」
実際、陶器の菅というのはあるしな。
「陶器は無理じゃなー。強度が不安じゃし、この設計図を見るか技師、ある程度の密閉性が重視されるのじゃろ? 陶器では接合部の密閉が困難じゃて」
「むむ……そうか。そうなるとやはり鉄かー」
しかしそんなに鉄が手に入らないと来た。
入ったとしても大量だし、高いし、時間もかかる──。
「むむむむむむむむー」
「うむむむむむむむー」
男二人がうんうん、悩む。
それを素知らぬ顔で眺めているメルシーちゃん。
そこに、
「大の男ふたりがなにを唸っとんねん。う〇こか?」
ズルッ!
「「だれが店で気張るか!!」」
って、この声は──。
思わず振り勝った全員の目に映ったのは荒野の砂塵を背に纏った女エルフの姿であった。
「よっほぃ、お久やのー」
「ベッキー?!」
「お前さんか」
そう。そこには関西弁エルフこと、がめつい女商人の姿があった。




