第17話「『スパイシー・ハードタック・フライ』と『メキシカン・ポークスープ』」
「うーぶるぶる、さ、さびぃぃい」
「ぜーぜーぜー……」
「ひーひーひー……」
ガチガチ震えるゴードンと、息も絶え絶えの田中とメルシー。
「ゴ、ゴードン! 自分で掘った井戸に落ちるアホがいるか!」
「そうよ! それにもうちょっと痩せなさいよ……腕、パンパンなんだけどぉ!」
そうなのだ。
落ちたゴードンを引き上げるために二人がかりで引っ張り上げたのだが重いのなんのって……。
「あ、阿呆ぅ! こりゃ脂肪じゃなくて筋肉じゃ! みろ──この鋼の、ぶわっくしょ~い!」
「うぉい! きったねーな!」
「こっちむいてしないでよー、もー」
あーあー、全員ずぶぬれじゃねーかよ。
しかも冷たいし……。
「す、すまんすまん。思ったより寒くてのー、はっくしょん!」
井戸の水がだいたい年間通して12、3度くらいなので、そりゃあ寒かろう。
しかも、この辺は地下水は豊富だが、水源はかなり深く、相当地下を掘り下げてようやく水脈にぶち当たるほどだ。
──その、井戸の底は実に冷たい。
そして、怖い。
「うー……ダメじゃ、さ、酒を……、な、なんぞ体のあったまるもんをー」
こえーよ。
ゾンビみたいになってるぞ。
「つーか、やめとけ……。酔って落っこちたんだろうが!」
「そうよ! 二度とやらないんだからね!」
プンプン!
「人に井戸汲みさせる奴が悪いんじゃないか──ブツブツ」
うぐ。
それを言われると弱い。
「……はぁ。ったく、わーったよ」
「タナカ?」
まぁ、ゴードンのいうことにも一理ある。
面倒だったのは事実だし、いちいち水汲みだけのためにシンドイ想いをしたくないからゴードンにやらせたのが悪い。
「じゃー、ちょっと待ってな。なんか体のあったまるものをだな」
「お! そうこなくちゃ──酒ー」
酒じゃないっての!
「あ、まって──料理するならメモの準備を」
「いや、パクるな!」
まったくもー。
油断も隙も無い。
まぁ、今回はそう簡単にパクれないだろうけどな。
なんたって、今回作るのは──。
「これだからな……!」
ビシィ!
五指に挟んだ唐辛子を格好つけて構える田中。
「……なにそれ?」
「鷹の爪かのー?」
その通り!
村では栽培してないし、近隣にも出回っていない。
関西弁エルフから購入した一品でつくる──。
「唐辛子メニューだ!」
そして、
万能レシピ──発動!
ジキジキジキジキ……!
ビリッ。
「よっし! ちょっとまってな」
やっぱ、あったまる料理といえばこれだよなー。
はじき出した万能レシピを厨房の壁に貼ると早速調理開始。
さくッと作って、
ささっと、問題を片づけよう──!
「あ、待って待って! メモするから」
「待たん待たん!」
なんでパクリの準備を待つ思うねん、意味わからんわ!
「それじゃ、スパイは放置して──これぞ寒いときにぴったり」
『スパイシー・ハードタック・フライ』と、
『メキシカン・ポークスープ』だ!
「スパイシー・ハードタック・フライと!」
「メキシカン・ポークスープ?!」
おうよ!
相変わらず乗りのいい二人に満足しつつ、チッチッチと人差し指で煽って見せる。
「いつもの料理とは、ちょ~~~っと違うぜ」
これ一つで様変わり。
こんな風に、冷え冷えに冷えたオッサンを温めるに最適に料理なのさ!
「むぅ、オッサン呼ばわりは心外じゃし、冷えたのは半分お前さんのせいじゃが、気になるのー」
……悪かったよ。
「井戸のことはあとでなんとかするとして、まずはその震えを止めなきゃな」
「おう、酒を──」
それはあと!!
「まずは身体の芯からあたためとけって」
というわけで2品、調理でレッツゴー!
「──あ、メルシー手伝ってね」
「いいけど、パクるわよ」
……宣言すな。
「わかったわかった。ほれ、まずは一品目、スパイシーハードタックフライからだ!」
「おー!」
「待っとるぞー。ぶわっくしょい!」
なんだかんだで、さっそくエプロンを纏ったメルシーを誘い厨房の奥へ。
え~っと、まずは、
「あ、これ砕いて」
「えー、またこれー?」
また言うなや。
サルーン料理いうたら、それが基本なの!
「ほれ、黙って手ぇ動かす。ハードタックを砕くんだYOU!」
「わかったYOU!」
がっつんがっつん!
仮の看板娘にしてはなかなかのパワーでハードタックを砕いていくメルシーを尻目に、
田中は村で新たに買った塩漬け肉を取り出すと、脂身の部分と、赤身の部分に大雑把に分ける。
「そんでラードのように脂身を鍋に敷いて──」
ジュワァァア!
早速溶けていく塩漬け肉の脂身部分。よい香りが漂い始める。
「こっち、砕けたよー」
お、いい感じ。
この雑な感じがいいんだよねー。
「……雑で悪かったわね」
じとり。
「ほ、褒めてんだよ」
いやマジで。
「ふん、どーだか。あ、油、できてるわよ」
「おっと」
そして、この油にさっきのハードタックを入れるのだが……。
「その前に、ここでサクッと下味をつける」
「下味──……え? なにそれ?」
ふふん。
これが関西エルフから購入した新兵器──さっきの唐辛子だ!
「これがなくちゃ始まらないぜ──っと、これを握って粉状にして……」
バサッ!
「岩塩と一緒にハードタックにまぶす!」
「あ、ずるい! それパクれない!」
パクんな!
「そして、油に投入────」
ドポンッ。
ジュワァァァアアア!!
「おー、香ばしいのー」
「なー」
店のほうまで漂っているであろう香りに相槌をうちつつ、
それをジャッジャ! とフライパンの中でかき混ぜて油と絡めると──!
「ほい、一品目!」
パパーン!
スパイシー・ハードタック・フライ~♪
「おー! 早い!」
「はっや!」
だろぉ?
でもそれだけじゃないぜ。
「そして二品目!」
流れるような作業で、
さっきの塩漬け肉の赤身の部分を準備していく。
「ほい、これをスライスして!」
はい! メルシーちゃん、拗ねてないで手伝う手伝う。
「むー。次はパクれるんでしょうねー」
さてどうかなー。
「ニヤリ」
「あ、むかつくー」
けけけ。
毎回パクられてたまるか!
「んで、スライスしたら水に移して、塩抜き塩抜き」
「はーい、どのくらい?」
5分くらい。
「そして、その間にこっちの準備」
さっきの油が残ったフライパンを準備しつう、並行して隣のコンロでお湯を沸かす。
「お肉、これでいい?」
「おっけー」
さすがメルシー手際がいい。
そして、沸き始めたお湯から一匙分をすくって、雑貨店で買った乾燥玉ねぎをお湯戻し。
「おー。これ村のやつだね」
「うん、村の乾燥品は使い勝手がいいね」
そして、意外にも質もいい。
この強烈な荒野の太陽に、昼夜の寒暖差のおかげでこの地方の乾燥品は出来がよくなるらしい。
果物にせよ、野菜にせよ、驚くほど味がいい。
──素材がいいのもあるだろう。
なにより、鮮度が落ちたら即乾燥に回すほど、乾物を作るのに適しているのだ。
「で──次は?」
「さっき戻した乾燥肉を炒める」
ジャジャジャー!!
温めておいたフライパンに乾燥肉のスライスを放り込むと火を通しつつカリカリになるまで焼く。
「こんなもんかな?」
コンコンッ!
ヘラでこびりついたものもこそげ落とし、
そしてにじみ出た肉汁と少しの油ごと、煮立ってきた鍋にぶち込んでやる。
「そんで、煮込む間に、コイツも炒める!」
じゃん!
「戻した玉ねぎと唐辛子を少々!」
ジュジュー!!
……こうすることで香りがよく出るのだ。
「ぶー! またそれー」
「……だから、パクんなって」
メモしといてよく言うぜー。
「あとは、これをさっきの鍋に戻してしばらく煮込むと──」
「どのくらいー?」
10分。
「はやいね!」
「だろ」
だからいいのだ。
サルーンに限らず、外でもできるお手軽料理でもある。
そして、最後に岩塩とハーブで少々味を調えたら──。
「はい、完成!」
ドンッ!
「二品目──」
メキシカン・ポークスープぅぅうう~♪
「これでなんと合計20分ほどです!」
みんなも真似してね♪
「だれに話してんの?」
「どこ向いとんじゃ?」
うるせーなー。
画面の向こうに決まっとるやんけ!
「いいから、さっ、食ってみな」
エプロンをほどいて、田中もサルーンのカウンター内側のハイチェアに腰掛けると、
正面のゴードンに、ドドンッ! 皿とスープを差し出した。
「おー……うまそうじゃ」
「いい匂い~」
はいはい、よろしゅうおあがり。
「「いっただっきまーす♪」」
そして、ゴードンが豪快に皿の中身『スパイシー・ハードタック・フライ』をムンズと掴んで一口で、バクン!!
さらには当然の顔をして、メルシーちゃんも、一つまみポリリ……!
「むっ!」
「あむ!」
…………。
……。
か、か、か──。
「「辛~~~~いッ!」」
「わははははは!」
それが唐辛子パワーだ。
「ひーひー! く、口がやけそうじゃ!」
「あうぁぅー。な、なにこれー!」
そうだろうそうだろう。
最初はそうなるんだ。だけど──。
「う、ううむ、しかし、なんじゃこのうまさ!」
「ほ、ほんと。口の中がひりひりするけど。と、止まらなーい」
ぱく、
ぽり、
ぱくぱく、
ポリポリ
ぱくぱくぱく、
ポリポリポリポリ!
サクッ、
サクサクサクサクサクサクサクサク──!
「う、
「うま辛ぁぁああい!!」
二人して高速でボリボリ食べ始めたかと思うと、口から火を噴いて身体を真っ赤にして叫ぶ。
「はっはっは。ほれ、スープもあるぞ」
「お、おう、助かる」
「あちちち──スープスープ」
……ニヤリ。
「「ズズー」」
ぶほっ!
「か、
「辛ぁぁぁああああああい!」
キュボォォオオ!!
今度はドラゴンブレスもかくやと言わんばかりに炎を吐いて、ひーひー舌を出して泣き顔の二人。
「タ、タナカぁぁ!」
「な、なんちゅうもんくわすんじゃ!」
わっはっは!
「一遍に食いすぎなんだよ──こうやって、少量ずつ食うもんさ」
パクッ。
ぽりぽり──。
「……ん、ちょっと辛すぎたかな? でも美味い」
辛さのなかに肉のうま味と玉ねぎの甘味が絶妙に合わさって箸が止まらなくなる味。
一遍にたべるのも、わからなくはない。
だが、少しだけつまんだ『スパイシー・ハードタック・フライ』を口にいれればそれで充分に最高なのだ。
それだけで、辛さと辛さが喧嘩することなく、口に広がり一瞬にして全身がカッカと暑くなる。
「むー。確かに食いすぎたか、実際うまいことはうまい」
「ひーひー。か、辛いわよ! で、でもたしかにあとを引く味ね」
辛い辛いと涙目になりながらも、
パクパク食べ勧める二人。さらには、さっきまでガタガタ震えていたゴードンに至っては、すでに汗だくだ。
「……どうだ、あったまっただろ?」
「あぁ、こりゃ最高じゃ」
「うんうん、慣れれば凄く刺激的でおいしい」
……なれるのはぇーよ。
異世界人さすがだな。
「ほい、今度はお酒だ」
「なんじゃ、酒は出さんのじゃなかったか────辛っ!」
あはははは!
「今日は辛いモン尽くしさ。……それはさっき手を加えた、いつものウィスキーさ」
その名も『タランチュラパンチ』!
「タランチュラぁ?」
「毒蜘蛛の?」
そー、それ。
「まるでタランチュラに噛みつかれたみたいに刺激的だろ?」
「たしかにのー」
ユラリとグラスの酒をゆすって興味深そうに眺めるゴードン。
それは辛すぎず、どこか滑らか。
それでいて、刺激的──。
……これは一種のカクテルなのだ。
「ほー。これがカクテルちゅうもんか」
「そーいや、たまにアンタが色々作ってるわよね」
そう。
カクテルはまだ研究段階だが、万能レシピがあれば再現は可能。
今回は辛い物尽くしということで、万能レシピに発注したらでてきたのがこれだったわけ。
「作り方は簡単さ。唐辛子をウィスキーに少しだけ漬けておき、熱湯と蜂蜜を加えただけ」
「ほぅ──これにも唐辛子が」
「それに蜂蜜かー」
だから、まろやか。
そして、うまい。
これが、カクテルだ。
「んーむ、気にいったぞぃ」
「真似するのは難しそうだけどなー」
がっはっは!
あはははは!
「でも、決めた──私もあのエルフさんに、唐辛子発注しよっと」
「おぉ、おぉ、買うがいい買うがいい──アイツにはまっとうな商売させんとなー」
「つーか、パクる気満々じゃん」
まー。これくらいいけど。
「がっはははは! ワシも井戸に落ちた甲斐があったというもんじゃ」
「いや、二度と落ちないでくれ──おかげで、あの井戸しばらく使いにくいじゃねーか」
井戸水汲むたびに、誰かの汁の味がしそうでなんかヤダ。
「じゃから、悪かったというとるじゃろうが! だいたい、お主が客に汲ますからいかんのじゃぞ!」
「わあ~ってるよ。あ……それで思いついたんだけど、あとで少し相談があるんだけど、いいか」
「……ん? なんじゃ」
うん。
ゴードンが井戸の落ちたのを発端に、前からちょっと考えていたことを実行に移すとしよう。
「実は、ここに水道を引こうと思う──」




