第15話「珍しい品々」
「ほな、まずは手付っちゅうわけやないけど、とりあえず商品みてもらおか」
場所をサルーンに映したベッキーと田中。ついでにゴードン。
広い店内の丸テーブルにさしで向かい合い、商品を並べていくのを見る。
他にも、横付けした大型馬車には日本のキッチンカーのような露店が広がっていた。
「──見ての通り、色々珍しいモンそろえとるのは事実や。……たしかに田舎者にはボッタくることもあるで?──せやかてそれも輸送代込みや思えば悪ぅはないやろ?」
「……ガラス玉に金貨はやりすぎだったけどな」
それを言いうと苦虫をかみつぶした顔のベッキー。
「ちっ。……それも考え方一つやで──。お前さんがバラさんかったら、あの奥さんは一生、限定もんの宝飾品や思っとんたんやで? そんでこんな田舎に住んどるんや、それがバレることもないし、外に出る機会もない──なら、それで幸せちゃうんか?」
「……ん。まぁ、言いたいことはわかるけどなー」
知らぬが仏ってやつ。
「せやろ? 金貨かて、うち等には価値あるけど、そこらのゴブリンやオークにはただの光る石やでー」
そりゃそうだな。
つーか、オークもいるのか……。この世界結構怖いな。
「そういうわけで、適材適所──……は、ちょっと違うか? まぁええ、そういうこっちゃ。しかし、あんさんには通じひんから、一応は輸送量と手間賃だけは取らせてもらうが、それなりに適正価格で売らせてもらう──それでええか?」
「それくらいならまぁ──もちろん、俺のほうで裏取りはするけどな」
あの姿を見たら100%信用するのは無理だしね。
「っかー、信用ないのー」
「誰のせいだよ」
「まぁええわ。ほなら、商売や──アンタは飯の材料とか、酒の材料──あるいは酒そのものが欲しい。で、」
「ベッキーはお金と珍しい産物、またはその製法や情報が欲しい、これで間違ってないな?」
せや。
「それでよかったら、契約成立や」
「あぁ、それでいい──あと、たまに試食もさせてやる」
「ほっ! そりゃ楽しみや。あのあと酒と一緒に出してもろた、魚介の干物──あれはうまかったな」
あースルメな。
「あれはワシも好き」
起きたのかゴードン。
いや、まぁオブザーバーとして同席を頼んだのは田中なんだけどさ。さっきまで寝てたから忘れてたわ。
「んー。あれも限りがあるからなー。まぁ材料のイカを仕入れてくれればいいかな。作り方は知ってるし」
……だって天日で干すだけだし。
細かい作り方も万能レシピを見れば完璧だし。
「イカ? あーイカか……。わかったわかった、まかしとき。──単純なもんやし、海沿いの漁村を探せばあるやろ」
……あるんだ、イカ。
「多分だぞ? 俺はこの辺の海を知らんからな。──ま、それはさておき、交渉成立ということで」
「せやな。ほな、今あるうちの商品みてってかー」
「そうさせてもらう。それで、作れそうなものがあったらまた試作してみる──」
こうして、
エルフのベッキーが持ち込んだ商品に大いに期待して田中はテーブルの上の商品と馬車の中の露店に目を向けるのであった。
※ ※ ※ ※
「ほな、またなー」
「おう、道中気を付けてな」
サルーンの前には、田中以下4人の人間。
見送る側の3人のほか、見送られるエルフの少女ベッキーという構図だ。
「あんまり悪どいことするでないぞ」
「ボッタくりもダメよー」
「うっさいわ!」
ったくー。
「……ええか、次は1週間後に来るから、それなりに金稼いどけよ」
「わ~ってるよ。お前もいい商品仕入れてくれよ」
ふんっ。
鼻を鳴らしたエルフの商人ベッキー。
「しかし、まっさか、ほとんど知っとる品とはなー。自信あったんやけど、ウチの眼力も劣ったか?」
「いや、そうでもない。欲しいものばっかりだったぞ」
ベッキーは頭を掻きつつ、馬車の荷を恨めしそうに見ているが、別に悪いわけではない。
これでも、十分に収穫はあったと思っている。
とくに香辛料や、甘味の類。
それに氷がすげー助かった。
「──せやかて、ピメントにニンニク、胡椒。それに砂糖と蜂蜜くらいしか売れんとは意外やったでー」
「他は、ワシが作れるしのー」
ベッキーが持ち込んだものは数々の工芸品の他、刀剣類に、貴金属──そして、一部の食料品であった。
しかし、食料品以外は、全部ゴードンが断ってしまったのだ。ナイフなんかはちょっと欲しかったけど、彼の目利きではなまくららしい。
「……だから、アンタがいるところで商売したないねん──まぁええわ、次は食材やな」
「あぁ、保存の効くもんなら大抵買うぞ──それと、」
そう。
他にもいろいろ。
「わかっとる。豆類と米──それから、酒に魚介と肉類やな」
「あぁ、あとは珍しいくいもんがあったらとりあえず見せてくれ」
かっ!
「売れるかわからんもんを仕入れろって?」
「とりあえずな」
「ま、ええやろ。おまはんが買わんでもなんとでもなるしな」
そう言って不敵に笑うベッキー。
どうやら、商人としての腕は悪くないのだろう。でなければこんな不確かな取引には応じない。
「ほな、またな」
「あぁ、また──」
「じゃあの」「気を付けてねー」
それからはあっさりしたもんだ。
大型の機動馬車に全ての品を積み込んだベッキーは御者席に乗り込むと後ろ手に手を振った。
しかし、途中で振り向くといった。
「あ、せや──」
「ん?」
なんだよ。
「おまはん、3つ料理作る言うてなかったか? 甘いの、しょっぱいの、ガッツリ系て」
あ、
あああー!
「甘いの食うとらへんでぇ」
ニヤリ。
「ははッ。そうだったな──ちょっとまってろ」
……やべー忘れてた。
「待つも何もええて、ええて──ハードタックは十分、うぉ!」
ぽぃ!
布に包んだバスケットを投げ渡す田中。
それは他の二品と並行して作っていたものだ。
「道中食いな──ハードタック・トレイルパイだ」
「ハードタック・トレイルパイ……?」
ベッキーがそっと包をひらくと、なるほど。
そこにはパイがドーンとまるまるワンホールあるではないか。
「は、はははは……!」
わははははははははは!
「こらぁ、一本とられたでぇ──まさか、お菓子までハードタックとはな……うま!」
甘っ!
「ま、道中気を付けてな」
「ふん。こないなもんあったら、疲れも吹っ飛ぶわ」
「あぁ、味には自信ありだ──もっと甘いのが食べたかったいい品を持ってきてくれ」
「おう、任しとき──……ほなな、また近いうちに寄らしてもらうわ」
「あぁ、期待して待っとく」
「がははは──ほななー!」
ハイヨー!
シルバー!
そういって豪快に鞭をふるって拍車をかけると、荒野に向かって走り去っていくベッキー。
そして、後ろ手フリフリ。
砂塵に消えていく。
──うーん、様になるな。
しばらくは残った3人でその姿を見送っていたが、
やがて、エルフの産物だという魔力を使った馬車はあっという間に見えなくなってしまった。しかし、その残り香には、ハードタックトレイルパイの甘い香りが漂っていた。
そして、砂塵の向こうからは、あの変な歌がどこからともなく聞こえてくる。
田舎に変わった酒場あり♪
甘いの辛いのしょっぱいの~♪
~~~~♪
~~~♪
「いったのー」
「いったねー」
うん。
いったな。
「……つーか、今更だけど、アイツなんなの?」
「変わりもんのエルフじゃよ。……引きこもりが多いエルフの中でなぜか、こうしてわざわざ各地を旅して、がめつく稼いどる」
あー。
つまり、変人か。
「否定はせんのー」
こうして、専属商人と契約を結んだ異世界サルーンの経営は始まっていくのである──。
「いやいや、である──でしめないでよ」
「……そうじゃぞ、ワシらの分は?」
……は?
「いや、『は?』じゃなくて」
「ほれ、ハードタック……なんとかパイ」
え?
食うの?
「いい感じに締めたのに?」
「なにを締めたか知らんが、ワシらもう──3品食う気まんまん」
「私もー。お腹、ちゃんとスペースあけといたよー」
はぁ……。
「わかったよ」
こうして、
結局もう一品作る羽目になったんんだけど、
「しかし、まぁ、これである程度の品がそろったな──」
専属商人、
建築技師──。
「残るはインフラと、客かー」
ぶっちゃけそれが一番大事だ。
だけど、勇者にもなれない異世界生活──こうして生活をしていくのが今の田中の人生だ。
「看板娘はー?」
……そうして、酒で壊れた人生、
酒を売って酒場を経営して異世界でやり直すのだ。
「よーし、さっさと店に戻れぃ」
「おう! ガッツリ食うぞー。甘いものに合うお酒も頼むぞ」
はいはい。
「ねー! 看板娘はー!?」
そうして、こうして、開店数日目にして、常連客をゲットするのであった。
……一名スパイ含む。




