プロローグ・逢魔が刻
後々、ちょこっと流血沙汰を予定しています。
あと主人公が果てしなくマイナス思考気味で鬱陶しいです。
文章が下手すぎるのはデフォルトです。
なのでだめだと思ったらどうぞ、すぐにお戻りください。
下校途中。
黄昏を迎えた六月半ばの川沿いを、思いを馳せつつ彼女はゆったりとした調子で足を運ぶ。比較的に駅から近い通りであるため、行き交う人々の様子は様々で、そのうちの幾人かの学生は彼女と同じ制服を身につけている。
脇を通り過ぎていく人々が目に入っているのかいないのか、彼女は興味無さそうに足元の小石を蹴り上げる。柔らかな日差しを受けての水面の煌きが、眼鏡越しの視界の隅にちらついていたせいか、彼女はそちらに視線を向けた。
(みず、みず、みず。水かぁ)
歩きながら反射的に心の中で独りごちたのは、意味の無い言葉遊び。
目に映るのは、きらきらと輝く水面。
きれいだな、と純粋に思う反面、水と言う言葉から連想したのは。
――――入水自殺、というのはどうだろう。
冷たい水は、自分の体を拒むことなく受け入れてくれるだろうか。
そんな物騒なことを連想する自分を頭のどこかで呆れつつも、足を止め正面から食い入るようにして、川の流れを見つめる。きっと、遠目から見えるほどにはお世辞にも綺麗とは言えないだろう。
(……どざえもんはちょっとねぇ)
いくら自分が大雑把であるとは言っても、流石に死に姿があれでは死ぬに死にきれない。事故か何かの、偶発的な死ならばともかく自発的に選ぶ死としてはあまりお勧めできない結末だろう。
あっさりと不健康なその案を却下して、転落防止のための柵に肘をつく。視線の先はそのままで、けれど実際は彼女の瞳は何も映していない。
徒然と懲りずに不届きすぎる思考に思いを馳せる彼女の表情は、通りがかりの人間たちが垣間見てもそうは思えないほどに平坦で、そして無感情であるに違いなかった。
水死と同様の理由から首吊りと身投げも候補から除外して、彼女は無表情に指を折りつつ候補案を心の中で上げていく。
あくまで死に様に固執するならば。
(リストカット、とか?)
剃刀を手首に当てて無造作に引く自分を想像し。
…駄目か、風呂掃除が大変だもの。
(焼身自殺…も、駄目か)
睡眠薬でも事前に仕込んでおけば痛みもなく、骨になるまでこんがり焼ければこの上なく綺麗な死に様で、尚且ついろいろと手間が省けそうな気もする。が、火の後始末が自分でできない以上実行するわけにはいかないだろう。望みもしない道連れができてしまったら、それこそ不本意であるし、何より放火はかなりの重罪だったはず。まあそれが焼身自殺にも当てはまるかまでは知らないが。
火という連想から、ガス自殺などにも思いを馳せてみるが、よくよく考えるまでもなく非常に周りを巻き込む可能性があるそれらは、検討するまでもない。
やがて結局は、一番無難でリスクのない一般的且つ王道の結論に辿り着いた。
(ポピュラーに薬?)
眠るように、静かに。心穏やかに逝く。
それはとてもとても魅惑的な考えに思えた。
まんざらでもない気分に酔いしれる彼女は、けれど刹那の後に肩を落とし軽い溜息を吐く。
あまりに魅力的な案ではあるが、そもそも自分は自殺を実行するわけにはいかない立場の人間だ。したくないのでも、できないのでもなく、するわけにはいかない。それらの言葉は似ているようで確実に根本からして違う。
(要は優先順位の問題なんだよね)
一分でも一秒でもこの世に留まりたくないと願うのは、心からの真実。
けれどだからと言って、その行為によって確実に誰かが傷つくのが分かっていて尚行動するほど愚かではありたくない。少なくとも、もし本当に彼女が自ら命を絶てば、二人の人間が彼女の行動に怒り傷つき、そしてそれ以上に己を責めるであろうことくらいは容易に想像がついてしまうのだから。
(父さんは怒るだろうし、母さんも泣きながら怒るんだろうな)
そして何より彼女を止められなかった自分たちを責めるだろう。
「それは絶対嫌なのよね」
例えこのまま無様に生き続けなければならないとしても、それだけは絶対に。自分の行動の結果で誰かが、特に自分の大切な人たちが傷つくなんてことは死んでいても、生きていても、どんな状況であってもご免なのだ。
だがそうは言っても、である。
その大切な人たちのために一生懸命生きよう、なんて健気な思考に行き着かないのが、彼女の彼女足る由縁であったりもして。そして密かに、その罰当たりな由縁を自負しているあたりが、彼女が死の魅力から目を離せない最もな要因であるのだろう。
「ああでも。やっぱり、逝きたいな」
するりと唇が紡ぐのはその内容の物騒さとは裏腹に、真実純粋な望みであり願い。
永久の優しい眠りの膝元へ。
しかしそれには。
内心で溜息を吐きながら思う。
(結局ね、しがらみが多すぎるのよ)
ただ一途に願いを行動に移すには、彼女に絡みつく様々なしがらみが果てしなく邪魔だった。たぶんそれらがあったから、彼女は今まで本当に壊れずにすんでいるのだろう。大切な人たち、優しい思い出、己の意思であり信念。
彼女を今まで支えてきたそれらは、ただこの願いの前でだけは邪魔者へと姿を変える。
「あー、誰かいい方法教えてくれないかなぁ」
傍目には意味不明な、けれど真意を知れば罰当たりとしか思えない発言。誰にともなく放たれた、初めから答えなど期待していなかった彼女の言葉に、けれど「なら協力してやろうか? まあ、それ相応の代価はもらうことになるけどな」明確な、返答があった。
からかうようなその声に、自分の足元にいつのまにか自分のものではない影が出来ていることに気付き、そうして初めて彼女は自分の背後に人影が佇んでいることを知る。
振り返った先にあったのは、彼女と同年代であろう十七・八歳ほどの姿をした黒髪の少年。相手の背丈は彼女よりもゆうに頭一つ分は高く、自然彼女は首を反らし見上げる形になった。
彼女が見上げればモデル顔負けの端正な顔つきの彼は、何が可笑しいのかは知らないが、心底楽しそうに口角を吊り上げている。その光景はまるで一枚の絵画を目にしているようで、恐らく大抵の人間は陶然と見惚れてしまうに違いない。
彼女とて、それは例外でなく。その笑みに思わず心奪われそうになり、しかしその一歩手前でそれとはまた違うことに意識を奪われた。
赤。紅。深紅。紅玉。鳩血。鮮血の赤。
様々な連想が彼女の脳裏を駆ける。
「何なの、君」
相手の血の色をした双眸に、目と大半の意識を奪われながら無意識にそんなことを呟く。
見れば見るほど心奪われる、その色彩。
(赤っていうよりは、紅って感じだけど。…いまいちピンとこないかな)
そんなことを頭の隅で思い連ねている彼女の前で、少年は笑みを深くした。
彼女は知らない。知るわけがなかった。名を尋ねるわけでも誰と問うわけでもなく「何」と訊いた、彼女の無意識下での言葉の選択を、彼がどう感じたかなど。
「何、ねぇ」
高すぎもせず低くすぎもしない男の声でなされた心底楽しげな呟きは、彼女の注意を引くには十分過ぎて。
(…………?)
何がそんなに楽しいのかと今更ながらに疑問に思った彼女を尻目に、ずいと彼女に顔を寄せて彼は笑った。
「あんたらは、俺みたいなのを悪魔って呼ぶな」
深紅の双眸が、彼女の反応を待つように悪戯っぽく輝いている。
(……なるほど)
納得して彼女は目を伏せた。
確かに普通の人間は紅い目など持ちはしないし、この少年の雰囲気はどこかしら人間離れしているかもしれない。それに、この時間帯は古よりこう呼ばれていたはずで。
逢魔が刻。
これ以上に、悪魔と出逢うに相応しい時はないだろう。
「若い身空で可哀想に。…春先は、頭が沸きやすいって本当だったんだ」
心底からの彼女の哀れみに、半眼と低い声音が返る。
「…………そうきたか」
黄昏時の別名に彼女が思い当たり、更にそんな風に思い至ったのは、これよりかなり後々のこと。その段に至って初めて、彼女はこのときの、そうしてその後の自分の応対を心から悔いたが、それはまた別のお話だ。
今の彼女は気付いていない。
己が今、何に声を掛けられていて、何と会話しているのか。
これから自分が、どれだけ不用意な言葉を口にしてしまうのか。
そうして。だからこそ。
本人の預かり知らぬところで、その契約は交されることとなる。




