八話、誰の剣かⅡ
地を踏み鳴らす。
赤い焔が槍の柄に絡みつき、彼の足元に炎が疾った。
紅蓮が弾け、火の粉が空に舞う。
観戦席がどよめく音も、鼓動のように遠くに感じる。
(負けられない)
彼は“女王の兄”だ。
あの炎と血を分かち合う者。
でも、私は――
私は“あの人の婚約者”なんだから。
静かに、しかしはっきりと地を踏みしめる。
風が止まる。
熱が動く。
赤と銀の刃が、訓練場の中心で向き合った。
――そして、火花が、舞った。
槍が地を打ち、赤い焔が舞い上がる。
殿下の紅蓮の槍が、真横へと薙ぎ払われた。
轟っ、と音を立てて訓練場の空気を灼ぐ。
地を這う焔が、私の足元をなぞるように走った。
「っ……!」
滑るように後退し、私はぎりぎりで回避する。
(危なかった……)
足裏に熱気が走る。
と言っても、炎は――加護は私には効かない。
ただ、今回は観客がいる。
防御の構えのまま、私は目を細めて相手を見据えた。
槍は長い。
距離を取れば、あちらの間合い。
でも、焦って突っ込めば、真っ向から迎撃されるだけ。
私は数歩、横に跳ねるように移動しながら、地を蹴る音を最小限に留めた。
ヴァルセリアス様は追わない。
構えはそのまま、鋭く観察している。
(……冷静だ。炎の勢いに乗って来ると思ったのに。ああいう性格だから突撃してくると思ったけど……)
私は汗ばむ手のひらを握り直した。
(戦闘に関しては、やはり将軍をされているだけある……)
私も殿下の様子を伺うことにした。
だが、次の瞬間。
「来ないのなら――こちらから行くぞ!」
その脚が、焔を爆ぜさせながら地を蹴った。
「――っ!」
接近する速度が速い。
槍が振り下ろされる。
直撃は避けきれない――
私は咄嗟に剣を上げ、槍の軌道を逸らすように受け流す。
火花と焔が弾けた。
赤と銀が交差し、火花が空を舞う。
「あっはは! お見事!」
ヴァルセリアス様の声が響く。
嬉々とした笑み。
剣を交える喜び。
誇りある戦士のそれ。
必死な私を嘲笑うものでもなく、戦うことが楽しいような。
ヴァルディス様とはまた違う剣……槍だ。
私は無言で剣を握り直す。
次の瞬間、踏み込む。
自分から、間合いに入る――
剣先が閃いた。
向こうが槍で弾く。
火花。
衝突。
私はついつい普通以上の――最近は抑えることがうまくなった人外的な力を持って剣を振り捌く。
多少は殿下を押せた。
――が、まだ余裕そうだ。
「ほう! 重たくなったな! 獅子さんは眠っていたのかな?」
(あなたが本気でかかるから……、いや。殿下はまだ、本気にさえなっていないかもしれない)
数度の打ち合いの末。
私は体勢を崩されかけ、咄嗟に低く身を沈めた。
――私の力でも押されるなんて……。
とんでもないお人だ。
そこでヴァルセリアス殿下が再び呟いた。
「……この構え、本当に“誰か”の教えか。その後ろで何を守っていたか」
その声音に、懐かしさと、少しの切なさが混じる。
何故だろうか。
「やはり、剣に聞いてみるとしよう!」
「……っ」
だが、戦いは止まらない。
その思考すら許してはくれないらしい。
私は、再び火を裂いた。
そして――
槍と剣が、空を裂く。
赤と銀の閃光が交差し、訓練場の土を巻き上げた。
まるで踊るように舞う槍――
けれど、それはまぎれもなく、殺意すら孕んだ本気の一撃。
ヴァルセリアス・ゼラド。
“雷公”と謳われる男の炎と槍捌きは、威風堂々たる猛撃だった。
(は、速いっ――!)
私はその勢いに押されながらも、なんとか剣で受け流していた。
幾度かの擦過。
浅い切傷。
地面を転がるたび、視界が揺れる。
それでも――剣は、折れていない。
私の構えは、あの人に教わったもの。
あの狂気に満ちた。
けれどレイの時だと優しかった“叔父様”が。
編み出した“受けの剣”。
どちらかと言うと、カウンターや相手を見て隙を窺う剣。