七十六話、変わるのは、私から【セレスタ視点】
二人が並ぶ。
「お兄ちゃん、二人を呑み込んじゃったら早いよね。――お願い、変身して?」
リリエルの声は、命令にも似ていた。
叔父様の“支配”とは違う。
あの人には、どこか優しさの残滓があった。
命じるようでいて、どこか抜けていた。だから、陛下にそこを突かれた。
「変身して」と、あの人は一度も命じたことはなかった。
むしろ、いつも「してくれてもいいよ」って。
“命令”じゃなくて、“許可”。
変わるね、って言っていたのは、いつも……私のほうだった。
……二年前。
ボロボロになってからは、一方的だったけど……。
たぶん“甘さ”があったから。私を盗まれると思ったからこそ、守ろうとした、そう思っている。
(勝手だなあ)
ちょっと笑う。
嬉しいから。
その時だった。
レイとして構えていた私の体に、妙な違和感が走る。
――何かが、臭う。
血と薬剤。焼け焦げた肉の匂いに混じって、どこか甘ったるい、ねっとりとした悪臭。
湿った衣擦れ。ずるり、と地を這うような音。
見ると、リデルの足元が……沈んでいた。
ぐにゃり、と。
「……アア、やっぱり、これじゃなきゃ」
その呟きが、どこか遠くに感じられた。
手から銃が落ちる。
その瞬間から、肌が……泡立つように、波を打ち始める。
――いや、泡じゃない。
皮膚の下で何かが“這って”いる。
ボキッ、と骨が砕けた音。
真っ白な肌が歪んで、裂けて、溶け落ちる。
床にまで流れたそれは――どろりとした、濁った灰の塊。
「キレイでショ? キレイだよネ?」
声はもう、人のものではなかった。
感情の読み取れない、機械音声のような響き。
ただ快楽に耽るように、彼は自らの形を捨てていく。
「――……うっ」
隣のアッシュ様でさえ、わずかに後ずさった。
これは魔物ではない。
“人の心を残したまま、別の“なにか”に堕ちた”――異端。
周囲の瓦礫や金属が、触れただけで溶けていく音が聞こえた。この肉体ではもう、直接打撃など通用しない。
「アハハ! かっこいいよ! お兄ちゃん!」
リリエルが、楽しげに、賛美するように笑う。
――早く、止めなければ。
でも――どうしよう。
今の私じゃ、体術しか攻撃手段がない。
そんな迷いがよぎったとき。
「行くぞ、セレスタ」
女王陛下の声とともに、火炎が放たれた。
アッシュ様の周囲に赤い焔が渦を巻く。
その炎にあおられ、リリエルの身体が“リデルのような何か”の元へと飛ばされる。
――ああ、あったかい。
体術しかないなら、それでいい。
陛下と一緒なら、大丈夫。
壊すためではなく、守るための力として、私は戦える。
胸の奥から、優しさと嬉しさが込み上げる。
それが、青い焔となって吐き出された。
そのまま、ふわりと自分の身体が青い炎に包まれる。
――爪。
竜のそれを思わせる手先。
うっすらと光を宿した鱗が、ところどころに浮かぶ。
背には透けたような翼と尻尾。
骨の輪郭が透けて見えるその姿は、半分だけ竜になったような――そんな状態。
(……これって、叔父様の“あれ”と同じ? 半竜化?)
服が処置衣でよかったと胸を撫で下ろす。
普通の服ならビリビリに破けてたかも。
多少、あれに焼かれても、私は平気だ。




