七話、誰の剣か
打ち鳴らされた木剣の音。
掛け声、訓練場を駆ける騎士たちの足音がこだまする。
その奥、見学席の下に広がる決闘用の広場。
見学いないと思ってたのに、案外来るものだ。
……騎士の仕事してくれ。
そんな中私とカイルは控えの席付近に立っていた。
私は私で陛下の前でのデレデレからレイモードに切り替える。
多分、惚けてないはず。
「……なんでおれまで引っ張られたんだろ」
「知らんよ……」
私は小さく肩をすくめる。
その隣で、カイルは手を腰に、遠くで軽く体を回しているヴァルセリアスを見ていた。
「はあ……とにかく頑張って」
「……あ、ああ。ところで本当に“雷”なのか? 使っているところ、見たこともないのだが……」
私のぼやきに、カイルはふと視線を横に流した。
頬を掻いて右上を見て思案する。
「うーーん。奥の手、とか? それか雷みたいにすばやい炎、とかじゃね?」
「そうか……」
紅蓮の焰を背負ったその立ち姿。
遠目に見ても、あれは確かに――女王陛下の炎と、似ていた。
(……やっぱり、兄妹なんだな)
剣を握る指先に力がこもる。
あの人は、彼女の兄――
そして、彼女を“妹”と呼んで恥じない誇りを持っている。
ならば。
自分は、その“妹の婚約者”として――。
少しでも、恥ずかしくないように。
深く息を吐いた。
「レイ、頑張れ~」
手合わせが私のみだと知って、すぐにいつもの調子を取り戻したカイル。
少々イラっと来る。
が、そのおかげで緊張はほぐれた。
その声を背に歩き出す。
「……」
小さく頷いて、訓練場の中央へ歩み出る。
ヴァルセリアス殿下がこちらを見た。
「よくぞ受けてくれた!! 我が妹の婚約者よ! 遠慮は要らぬ。全力で来い!」
(いや全力で来るの、あなたのほうでしょ……)
(……パーティなんかより、まだ緊張しないけど……)
けれど、その指先は――確かに、微かに震えていた。
(負けられない、んだから)
私ははそっと構えを取る。
剣先をやや下げ、重心を後方に置く――防御主体の構え。
かつて見た、懐かしい姿勢。
叔父様が、よくしていた構え。
(……思い出しちゃうな)
だって、これしか教わってないし、これでしか戦ってきてない。
それに、騎士として守るものもあるから、これが一番しっくりくる。
相手は槍……。
どうしても距離でやられる。
私は竜の炎なんて使ったら陛下に怒られちゃうし……。
行ける時に一気に間合いを詰めなきゃ。
ヴァルセリアスの足元に、炎が走った。
鮮やかな軌跡。
彼の槍がぶわっ、と紅に染まった。
観戦席の方からどよめきが上がる。
殿下が準備で来たところで、私の構えを見た。
瞬間――
「……ほう」
ヴァルセリアス殿下が低く唸った。
その金の双眸が、静かに私を見据える。
「その構え……“誰に”教わった?」
ぴたりと空気が張り詰める。
……知ってる?
いや、会ったことはあるのかな?
言葉には出さないが、胸の奥がぎゅっと強ばった。
でも、私は答えなかった。
答えられなかった。
彼の目に、何かがよぎった気がした。
けれど、それも一瞬。
「……いや、名は要らぬな」
ヴァルセリアス殿下はゆっくりと槍を構える。
まっすぐ、まるで雷を導く避雷針のように、美しく無駄のない構えだった。
「ただ――その“剣”に、答えさせてもらおう!」
その台詞と共に訓練場が静まり返った刹那――
手合わせが始まった。