七十五話、どうして、私じゃないの?【ヴェラノラ視点】
石畳の道はところどころ瓦礫に埋まり、赤黒い血があちこちに滲んでいた。
魔導銃の焼け焦げ、砕けた建物、破られた旗――かつて美を誇った帝都の街並みは、今や崩壊寸前の有様だった。
叫び声、泣き声、怒号。
逃げ惑う民衆と、奇声を上げて追いかける異形の影が、煙と炎の中で交差する。
誰が敵で、誰が味方なのか。
もはや、境界すら曖昧だった。
……そんな混沌が広がっていることは、わかっている。
けれど――
つい彼女に、レイの姿をしたセレスタに、抱きついて泣いてしまった。
ああ、恥ずかしい。
けれど、何も言わず彼女は私の頭を撫でてくれた。
――案外、気持ちいいものだな。
セレスタがハマる理由、少しわかった気がする。
そして、そっと身を離す。
なんだか、見ない間に随分変わったように見えた。
……なぜだろう。
久しぶりに見たせいか。あるいは、彼女自身が……。
そのとき、外野が口々に語り出した。
「君が欲しいだけなのに……なんで?」
「ヴェラノラ様の隣にいるのは私であるべき。あんたなんかに譲らないんだから!」
双子の言葉は、妬みと執着に満ちていた。
「彼らも落とし子です。都に溢れている個体より、格段に強いはず」
と、レイが静かに言った。
倒すべき、捕らえるべき相手――
そう認識するのに、迷いはなかった。
ちょうどいい。
交渉という名の神経戦で、鬱憤も溜まっているところだ。
「邪魔」
リリエルがいきなり魔導銃をぶっ放してきた。
こちらが言葉を交わす間もなく、連射。乱射。
「――セレ……」
呼びかけた時には、彼女の姿はもうなかった。
風すら置き去りにする速度で、すでに前線へと突っ込んでいた。
相手は銃だが、彼女の反射速度ならかわし切れる。
それでも、傷つく様を見たくない。
それに、流れ弾が民に当たるのも……王として、心苦しい。
――なら、私は防御に徹する。
全身から炎を噴き上げ、炎の障壁を展開する。
「キャー! かっこいい!!」
……リリエルがいちいちコメントしてくる。
調子が狂いそうになるのを、なんとか堪えた。
炎から生まれた鳥たちが羽ばたき、周囲へと飛び立っていく。
あちこちの兵士やギルドの者たちの援護に回るだろう。
前を向くと、レイが蹴りや拳で攻めていた。
弾も寸で避けている。
擦り傷だらけだが、まだ耐えられるらしい。
リデルが銃でガードしているがそれごと後ろに吹っ飛ぶ。
ーーが、レイの本気には追いつけられない。
見るからにボコボコだ。
「クソクソ!! どうして! もしかしてこれが、君の愛……?」
そう言いながら、銃口をレイに向ける。
その前に、炎を地に這わせる。
「あっつ!」
情けない声が上がる。
「素敵よ、ヴェラノラ様! やっぱり、わたくしが隣にいなきゃ!」
そう叫ぶリリエルが、にこやかに――だが明らかに狂気を滲ませながら銃口を私に向けてくる。
そして「あれを倒して」と空に向かって何かに伝えている。
……言っていることと矛盾している。
要するに、“余計な手を出すな”ということか。
“あれ”に対するお願いは、誰に向けられていたのか。
そのとき、気づいた。
周囲の実験体たちが、私たちに向かって歩き出している。
「……まさか」
バリストンのような、“操る”系統の能力か?
指揮系統を持っている……?
まずい。
「レイ!」
セレスタを呼ぶ。
だが、彼女もまた十数体の実験体に囲まれていた。
――一体を投げ飛ばし。
一体を蹴り飛ばし。
その隙間から飛ぶ銃弾は、逆に“盾”となった実験体が受け止めていた。
「アッシュ様……! すみません、出過ぎました」
「問題ないわ」
私は彼女の元へ、炎の盾をすり抜けるように滑り込む。
ここは、まだ安全だ。
彼女は珍しく息を切らしていた。
銃弾を避けるのは容易いのだろう。だが、直線的な攻撃を反復するには神経を使う。
疲労が溜まるのも無理はない。
それでも――彼女の瞳は、まだ戦意を失っていなかった。
「どうして? どうして私じゃないの……!」
リリエルの叫びが響いた。
乾いた銃声が続く。
空気が変わる――
「お兄ちゃん、セレスタに夢中だったよね……。あんなの、ただの“壊れたお人形”なのに。
でも、大丈夫。今日こそ“わたくし”を見てくれる。ラザリ様も、きっと……。
だから、ちゃんと……付き合ってね、“お兄ちゃん”」
「もちろんだよ」




