七一話、君と僕と、その五つの証
*シアーネ視点
――濡れている。
床が。空気が。
靴音が、ぴちゃりと鳴るたびに、嫌な感触が這い上がる。
自分のとは別の水たまりを踏んだ音に反応して、つい魔導銃を放つ。
会ってすぐ「じゃあな」と言って、ノルは黒蝶になった。
瞬間移動か否か。
能力の原理はわからない。
が、時折遠くの通路で出て行った落とし子の唸る声が聞こえてきた。
それにぴくりと反応してしまう。
――何をここまでびびってるんだ、僕は。
赤く染まった照明。割れたカプセル。
ガラスの破片が溶液と混じって、ぬめる床を彩っていた。
脇の壁には、引き裂かれた管。
焼けたような痕跡と、染み付いた匂い――
ここは、実験室だった。
そしてもう、実験体たちは脱走した。
勝手に。
ノルのせいだ。
ラザリが準備していた。
要は帝国の乗っ取り。
場所を変えたら何万といる、落とし子たち。
失敗だろうといい兵隊にはなる。
容易いはずだった。
「……っ」
薬品の匂いで鼻がおかしくなった中で何かが、這っている。
視界の隅に、黒い影。
辺りを舞う黒い蝶。
ただの残骸?
それとも――
かすかに、笑い声がした。
ひとつ、ふたつ、みっつ……
数を数えるように、順番に笑う。
くすくす、くすくす、と。
低い天井にこだまするようなその声に、背筋が凍る。
(気配……五体……落とし子、僕とノルの……随分嬉しそうだ)
全く懐かなかった落とし子。
悔しさと少々の嬉しさが重なる。
理解した瞬間、影が動いた。
視界の左端で、ガラスの音が鳴る。
そちらを向くと、そこにはもう“誰か”が立っていた。
白い処置服、黒い髪。
――そして、竜の骸骨を被った子。
口元だけが歪んで笑っている。
(……なんで僕の言うことは聞いてくれないのか)
ぱちゃりと。
背後で、液体を踏む音。
そのまま静かに振り返ると、そこにも一人。
その奥にも――もう一人。
しかし、僕が視線を合わすと黒蝶となる。
そして、そのさらに奥。
黒蝶から現れる愛しい人。
ああ。綺麗だ。
多分、この子達と調整している。
共闘するつもりだ悔しい。
「抜け殻さん、なんかこの子達やたら俺に懐くし、飲み込みがとても上手いよ」
落とし子の一人がノルの裾を掴む。ずるい。
それは、ボクと君の子だから。
何度も口にできる甘い言葉。
それを口にする前に遮られる。
「……あーーめんどくさい。はいはいわかったわかった。俺の子供ね。で、また捨てたってわけ? それとも虐待のほうかな? だからこの子達が感づいてーー」
「ち、違う……」
「ま、いいや。というか、やっぱり小さい子好きなの?」
煽るように問う。
君だから、竜の家系だからだ。
と、口を開く前にノルが答えた。
「ペド野郎の期待にお応えして、俺も小さくなってやるよ」
パチンと指を弾く。




