六十六話、感情という名の、残酷な敵
俺は俺で、やるべきことをやらなければならない。
元々、精神的に脆い人間だ。
パーティに参加しただけで、暗示を解けば手も足も動けなくって呼吸もつらくなるくらいには。
そういう意味でも、自己暗示さえかければずいぶんと楽になる。
殻にこもって、誰かを演じていればいい。
呼吸を整え、気持ちを切り替える。
……彼女と別れた直後だ。
何も、伝えられなかった。
暗示の効きも、悪い。
檻がなくなった今、別のやり方でなら、まだ守れるかもしれない。
下手くそなだけだ。
今から別のやり方ができるか……?
尊すぎて顔も見れなかったのに?
そうしてずるずると感情を引きずったまま、実験室と思わしき場所に辿り着く。
溶液に浸された何かが、呼吸器をつけて浮かんでいた。
コポコポと泡が上がる音だけが、耳をじわじわと侵してくる。
一体、いくつあるのか……。
以前、ラザリは言っていた。
「観ることこそ価値がある。だから私の研究には愛がある」と。
……奴なりの、愛情。
……笑えない。
人のことは言えない。
黒焱の剣を作り出す。
物理的には意味をなさない剣。
通常の炎と同様、普通なら何の影響も与えない。
だが今回は違った。
目を見開き、身体をうねらせながら、容器の中から生まれ落ちてくる者たち。
――「おまえの操る力で、反乱を扇動してほしい」
ヴェラノラがアルヴァイン王から得た情報によれば、どうやらラザリが反乱を企てているらしい。
準備が整う前に、こちらから先手を打つ。
彼らの“兵”を、内側から動かす。反乱を先に扇動して、彼を処刑に持っていく。
……それほどまでに、先王の置き土産を駆逐したいのだろう。
扇動された実験体たちは、ギルドから派遣されているイグニス人や、ヴェラノラが処理する。
それなら数十体だけでいいだろう。
今後の交渉は、こちらが有利になると彼女は言っていた。
これは、イグニスが“加護”という魔法を持つ国だからこそ、対応できる手段。
終始、無言でいたアルヴァイン王。
会談の場で黙して語らぬ者こそ、最も厄介。
……それが味方側だったのは、意外だったが。
まあ、好都合でもある。
ガラスの破片や液体が飛び散る。
容器から飛び出していく姿に、檻から出ていった彼女の姿を重ねてしまう。
はあ。
……もっと、強い暗示でもかけてしまおうか。
以前は、「セレスタは嫌い。レイが好き」という単純な暗示だった。
今は、ただ悲しみを塞いでいるだけ。
より強力なものにしようか……。
辛い。
本心を見せてしまった。
恥ずかしさもある。
レイが好き。
セレスタはいないことにしよう。
……でも、それも苦しい。
あの子がいるから生きてるも同然なのだから。
しかし今はこのままずるずる抱えたままでは何もできないのは自分でもわかる。
この月の瞳も、自分自身も、俺は嫌いだ。
だから、黒い炎で――身を焼いた。
何度か、実験体たちを目覚めさせていく。
俺の干渉下でないモノも目覚めてしまったようだが、あまり違いはないだろう。
数は、膨大。
そのなかに、妙に小さな個体がいた。
気づけば、俺にまっすぐ向かって――




