六話、雷公襲来【レイ(セレスタ)視点】
――まずい。
扉が開かれた瞬間。
私は本能的に悟った。
がばりとアッシュ様の御膝元から顔を上げる。
「れ、レイ、大丈夫か?」
彼女が私の頭に手を乗せたまま驚いている。
「も、もうしわけ……」
慌てて謝罪する。
あれは、嵐の気配。
威圧ではない、熱風と雷鳴が同時に突っ込んできたような気配だった。
「我が最愛の妹よッ!! 婚約と聞いたぞ!!」
……で、でた。やばい。
するすると後退していく。
「し、失礼します……」
「レイ……」
苦笑しつつアッシュ様が引き留めようとする。
騎士姿のままだから、なんだか頼りなくみえるだろうが、そんなことは今、二の次だ。
私は、す、と王座の裏へ一歩下がる。
彼女の裾を小さく引いたが、無言でかわされる。
なんだか笑いを堪えている様にも見える。
(……なに笑ってるんですか、アッシュ様!? 今、私、死にそうなんですけど!?)
表情こそ騎士の仮面のまま、心中はパニックで叫び続けていた。
あれが、ヴェラノラ女王陛下の兄――
ヴァルセリアス・ゼラド殿下。
“雷公”の異名を持つ、戦場の伝説。
そして。
妹溺愛型・超圧強め王族。
過去、妹が戴冠した時。
他国から兄の方を王にと圧があったらしいけど。
そのために東方に渡ったと聞いている。
初めてお顔は拝見したけど、凛とした瞳も。
態度もやっぱり兄妹だなあ。
と、脳は現実逃避を行う。
彼はなぜか片腕にカイルを引きずっている。
……カイル、なんで連れてこられてるの?
「どの男だ!? 妹を奪いし者は、どこにいるッ!」
(ひ、ひいいいいい!)
王座の裏、私はぺたんとしゃがみこんでいた。
まるで怒られた猫のように。
私は竜だけど……。
……尻尾があれば、今、間違いなく股の間に巻き込んでる。
「そこよ」
陛下が涼しい声で、す、と後ろに手を下ろし私のマントを掴む。
真紅の爪が、まるで見せびらかすように。
私を指す。
(アッシュ様っ! ひどいっ)
彼女をチラ見する。
ドヤ顔で自慢の婚約者を紹介していた。
とても楽しそうだ。
う、嬉しいけど……。
思わず王座から覗く。
「……ぁ」
目が合った。
金の瞳が、こちらを射抜く。
私を見つけて、少しうれしそうだ。
ヴァルセリアス殿下の足音が近づいてくる。
一歩ごとに、地鳴りがする気がした。
なんだか熱気も伝わってくる。
「おまえが……?」
(い、いっそ刺された方が早いのでは……?)
瞬きのあと、彼の瞳がふと揺らぐ。
顔を近づけ、私を見る。
「……貴様。うむうむ!」
「??」
次の瞬間。
ふっと笑った、ように見えた。
「なるほど。可愛いな」
え?
可愛い??
は?
レイの状態で可愛いって言われるのなんて、陛下か叔父様、それか侍女くらいだったんだけど……。
状況の解釈が追いつくより早く、殿下はくるりと身を翻した。
「ならば、我が妹の伴侶として、相応しいか見せてもらおう! 訓練場にて、手合わせだ!」
宣言とともに、私の手をがし、とつかんだ。
「ちょ、えっ、今!? ……ですか?!!」
「行くぞ、婚約者よ!」
ぐいっ。
引っ張られた。
ついでに。
「おい、カイル! おまえも来い!!」
「ええ!? おれ!? なんで!?!?」
問答無用で連行される騎士仲間カイル。
既に横抱きされているため、抵抗もできない。
彼の声は謁見の間に虚しく響いた。
さらりとその風圧に金と群青のルミナリアが揺れた。
その直前、チラッと後ろを見やる。
正直、アッシュ様に助けを求めるためも含んでいる――が、残念ながらこっちを見てくれず、むしろ肩を震わしている。
口元を抑えるヴァルディス閣下。
……絶対笑ってる。
そしてぽかんとしている臣下達。
「……さて、文官の諸君、続きを始めようか」
何事もなかったように、朝の集会は続けていったのをみて、扉が閉まった。