六十一話、月が出る、その一瞬だけ
誰もいない――
それなら、今だけは、仮面をとっても誰も知らずにすむ。
パチンと指を鳴らす。
雲間から月が出るように。
淀んだ黒から月の色の瞳。
綺麗な澄んだセレスタの瞳とは正反対の色。
レイをセレスタに戻す。
そして――
俺は自分にかけた暗示も解いた。
喉が引き攣る。
「――……っ、セレスタァッ!!」
まだ眠っている。
尊い存在に。
レイじゃない。
まだ、暖かい。
よかった、よかった。
縋るように抱きしめた。
……どれくらい経っただろうか?
体温を感じて。
呼吸している様を見て。
安堵してやっと離れた。
――出なければ、な。
俺は牢屋の檻を壊す力は持っていない。
(――っ、すまない、セレスタ)
胸が苦しい。
枷だとわかってしまってから。
パチンと再び彼女を以前のように、操る。
開く瞳はまだ眠っているかのようで。
真っ黒な瞳。
セレスタは難なく、牢屋の檻を捻じ曲げる。
そこを跨ぎ、容易く出ることができた。
俺も倣って出ていく。
……まだ、縋っていたい。
俺の願い。
勝手に守って。
勝手に縋って。
檻を作った。
それが彼女を苦しめていたことさえ分からず。
愚かだ。
誰かにそう、罵倒したこともあるが、俺の方がと何度も思った。心の底で。
「行こう、セレスタ」
彼女に抱いてもらってゆっくり歩んでいく。
俺は左腕を彼女の背中に回し、肩に頭を置く。
今後こんなことはしないだろう。
そんな機会もなくなる。
温もりに、しがみつくしかできなかった。
かすかに、震えているのは、俺の方だ。
(……今だけは)
願うように、祈るように、
ただ、この腕の中にいたかった。
どれだけみっともなくてもいい。
どれだけ情けなくてもいい。
せめて、この一瞬だけは。
彼女が起きた時どう思うか。
想像したくない。
自業自得とは思うが、外で傷つくのならと、レイを作って守った。
レイに教えた。
レイなら目を合わせられた。
レイとなら喋れた。
彼女への愛情は全てレイに。
産みの親がまだいるとわかって更に強固に。
それでも。
俺の存在が苦しめるなら――
この世界から消えてしまおう。
君の記憶からも消してしまおう。
しかし。
まだ、そばに、安心できるまでは。いや、それ以降も……見届けたい。
叶うなら、赦されるのなら……
口からは本当の願い。
逆の願いしかでなかった。
「――消えたくない。消したくない」
彼が自分自身にも精神干渉(自己暗示)をかけていた描写は前作にもちょくちょく仕込んでいました。個人的には好きな回です。




