五話、嵐、王城に吹き荒ぶ
この光景はもはや日常。
謁見の間にいる臣下たちも、ちらりと目をやるだけで動じる様子はない。
むしろ――中には微笑む者すらいた。
(私が言うのもおかしいが……慣れるな)
「――それでは、報告を」
文官が声を上げ、ようやく朝の集会が始まった。
「魔石の収穫量は、先月比で九%増。特に南方の地熱地帯、“竜の背骨”付近で魔物の出現数が増加しております。対応には騎士団を動かしております」
「ふむ。交易価格の推移は?」
「帝国、東方諸国ともに強い引き合いがあります。“純度が高い”と評判です」
魔石はイグニス王国の主要輸出資源。
魔物の核から採取されるものだが――特にこの国の魔石は、加護の濃度ゆえに質が高い。
魔法(加護)を持たぬ他国、特に機械文明を主とする帝国では、この石が貴重な“代替資源”となっていた。
「外交の方は?」
「帝国より、来月にも高官が再訪予定です。“竜の民との文化交流”という名目ではありますが、実際には……」
文官が濁すと、アッシュ様――いや、女王が静かに頷いた。
「……竜に関する介入の下調べ、でしょう」
「否定は、難しいかと」
場に沈黙が落ちる。
竜の出現――王国では、公然の秘密。
あの“火山での一件”を境に、竜の存在は“伝説”から“現実”になった。
だが、国外にどこから漏れたのかまでは分からない。港の区画以外、イグニス国内に入ることを禁じているからだ。
(……これも内々に調査すべきか)
あの一件で、消えた者。
能力的には惜しい人物だった――あの者は。
レイは変わらず膝元にいた。
無言のまま、指先に額を擦りつけている。内心は見えないが、あれはあれで――緊張の表れなのだろう。
「それと、来訪者が――」
来訪者担当の文官が、やや青ざめた顔で口を開いた。
そりゃあそうだろうな、と口にはせずに、内心ため息を吐く。
アッシュ様はまだ知らない。
だから、問うた。
「何か問題でも?」
「い、いえ。ただ……“待つのが苦手な方”でして……」
……ああ。
(“嵐”が来る)
「どちらからの客人だ?」
「イグニス王家より――ヴァルセリアス・ゼラド殿下が……!」
「兄上か?!」
アッシュ様が驚くと同時に。
いやそれと同時に、扉が爆風のように開かれた。
風が、炎が、幻のように渦巻く錯覚すら覚える。
「我が最愛の妹よッ!」
高らかに声が響く。
紅蓮の外套を翻し、金の髪留めを結ったポニーテールを揺らしながら、屈強な体に槍を背負った男が、謁見の間へと堂々と現れた。
……相変わらず、東方の将軍服がやけに似合っている。
(ゼラド? ……婿入りでもしたのか?)
若干、思考が現実逃避を始める。
「ヴァ……ヴァルセリアス殿下……!」
どこからか、誰かの小声が漏れた。
(……来たな、本物の“嵐”が)
私は額を押さえた。
槍を持つ手とは別の手には赤い竜騎士を引きずっている。
大方、殿下のわがままに付き添われているのだろう。
哀れな……。
(よりによって、朝からこれか)
「婚約したというではないか!! どいつだ!?」
(……その、アッシュ様の膝で溶けている子です。とは、流石に言えん)