五十六話、安っぽい舞台で、毒を食らう【ノル視点】
連れ出されたのは、街の片隅にある寂れたカフェだった。
――カフェ、ね。
「やすっぽ。この俺にお茶を出す場所かよ、ここが」
「え~、そう言わないでよ」
青年がかるく口を尖らせて、非難するように笑う。
(……寝かされる前にこっちが吐きそ)
外壁は黒ずんだ赤レンガ、看板は錆びた鉄板にスプレーで雑に描かれた骸骨マーク。
窓にはひびが入り、ツタのように延びたケーブルが天井から垂れ下がっている。
BGMなのか、どこからかくぐもった電子音が鳴っているが、壊れたが音を歪ませている。
中に入れば、客はまばら。
椅子は統一感がなく、片方は革張りのソファ、もう片方は金属製のパイプ椅子。
テーブルには塗装の剥がれた跡と、意味不明なステッカー。
壁には帝国語で「戦争は芸術」とか「夢こそ現実」とか、悪趣味な落書きがいくつも。
一応営業はしているらしいが――ここを選ぶ時点で、察せられる。
(どうぞどうぞ、今から薬盛りますって顔してるな)
まるで、舞台でも張り切って用意したかのようだ。
……わかりやすい。
笑える。
まあ、乗ってやろう。
席につき、何か喋っているリデルに適当に相槌を打つ。
ヴェラノラには黒蝶を一対、送りつけておいた。
これで俺が連れ去られたとしても、研究施設の場所は割れる。
俺は俺で、レイを――セレスタを、ヴェラノラより先に見つけ出す。
そして、扇動だ。
王が後ろ盾にいるというのは、実に都合がいい。
それだけで、火種は本物になる。
それにしても……ラザリ。
あれほどの魔物を用意して、国家転覆などと。
愚かだ。
実験体如きで国が動かせると思ったのか。
笑いそうになるのを、かろうじて堪える。
「――あ、来たよ! はい、これ」
「……」
「口に合うといいんだけどな」
「はあ……」
まずは、情報でも引き出すか。
こいつ、どうにも口が軽そうだ。
まあ、期待もできないがな。
「ところで、君みたいなの、他にもいるのか? ラザリの配下……ってやつ?」
「うん、いーっぱい兄弟姉妹いるよ?」
そう聞いて、カップを口に運ぶ。
……ただの紅茶。甘い。
「あとは?」
「ママがいる」
「はは……おや?」
――口が回らない。
……効くのが、早いな。
色々聞こうと思ったのだが……無理そうだ。
カップを置こうとしたが、手元がふらつく。
机に肘をつき、どうにか頭を支える。
“母”。
あの抜け殻のことを、ママと呼んでいるのか。
こいつも実験体の一人。
なら、ラザリ側……か?
――それとも。
視界が、霞む。
目の前のカップすら、どこに置いたかわからない。
「イゼルファのことだよ」
背後から、愉快そうな声が聞こえた。
あの抜け殻の、気持ち悪い声。
意識が――落ちる。
堕ちていく。
けれど。
あの子に届くなら、それでいい。
……どうせ、俺はいつもこうだ。
最後には、こうして――
【赦されるだろうか。】
いや。
赦されなくてもいい。
それでも。
願わくば、一度だけ。
あの青い瞳が、俺を見てくれたなら――それでいい。




