四十九話、陽だまりの王、眠れる竜に願いを
帝国の城とは思えぬ静けさが、そこにはあった。
むき出しの金属や無機的な素材に囲まれた空間のはず。
が、扉を一枚隔てたこの庭園だけは。
――“心音”を持つかのように、柔らかかった。
床は温石を敷き詰めたような構造になっており、足元から仄かに暖かい。
木々の根元には魔導発熱材が設置され、まるで太陽に育まれたかのように青葉が濃く、しっとりとした空気を運んでいた。
蔓花は天井へと這い上がり、硝子張りの天窓を縁取るようにして咲いている。
その硝子は、城の他の魔導ガラスとは異なり、イグニスでも使われている普通の硝子。
人工の光ではない、“陽だまり”。
ここだけに差している。
ーー暖かい。
まるで王国に帰ってきたみたいだ。
「この区画は、王の私室に隣接した温室庭園となっております」
案内役が一歩控えて言う。
「手入れは陛下自らがされておりまして――他の者は許可なく立ち入れません」
整然と並べられた草木たち。
王の趣味、と言うことか。
並ぶ花々は、帝国の象徴色である赤や金ではない。
しかし――
あたたかな橙。
やわらかな桃色。
青磁のような緑――
イグニス王国を思わせる色調もそこかしこに見えた。
(……これが、アルヴァイン王の“内面”なのか?)
冷徹に国を治める帝王の、誰にも見せないひとつの“楽園”。
庭の中央には、ルミナリアの蕾が静かに揺れていた。
その花だけには、手が触れられた痕跡があり、
水やりの小さな器が、そっとその傍に置かれていた。
「やあ、ご足労すまんな」
花々を眺めていると、奥の方から現れた。
庭師のような格好だ。
一目で王とはわからない。
「い、いえ。お招きいただき感謝します」
つい、狼狽えが言葉に乗る。
全く違う。
あの時の会談とは。
「こちらに」
手を指す方には、使用人たちが即机から何から準備され、あっという間にお茶会用の場が作られた。
お菓子が山盛り。
「毒はないから、安心なさい」
「はあ、」
ここへ来るまで構えていた。
全てが拍子抜け。
「どうかな? 帝都は」
お菓子を頬張りながら、聞いてくる。
「随分発達して素晴らしい都市かと」
「人の温もりは感じたか?」
感じたことはない。
無機質だった。
人も物も、全てが。
率直に言うか。
否か。
考えあぐねていると、私の無言を否定と捉えたらしい。
「感じなかっただろう? 私もだ。もっと前は、自然と機械がうまく融合されていたのだ。しかし――先代から変わってね。あのフォルシュトナーを重宝し出して変わってしまった」
「は、はあ」
そこでまたお菓子を食べる。
一体何を伝えたいのだろうか。
確かに、ここ数十年目覚ましい発展を遂げたとは聞いていた。
「すまんね、まあ聞いてくれ」と前置きする。
「私が引き継いだ後、元に戻そうとしたが……根は深くてね。最近だと、私の知らぬところでフォルシュトナーが非人道的実験を行っていて、実験体を作っている、との噂がある。それで、反乱を企てている、と言うことも」
「……」
「君たちの文化財――竜のことも伺っている。すまんな、我が力不足だ」
急に謝られる。
やはり、この人も知っている。
「竜は王国が守ってきた。ずっと大昔、この帝国にもいた。しかし、人の手により毒に侵され地に落ちた」
それが竜の背骨の元の竜――。
昔の帝国の象徴。
今知らない者も多いだろう。
伝えられているのは、このアルヴァイン王や、その親類くらいか。
過去に、小さな白の竜に会ったらしい。
どうなったかは、その悲しげな瞳を見ると聞く気も起きない。
「保護、制御すると言っていたが、過ちは繰り返すもの。しかし、君の竜はそうはなってほしくない。そこで、提案――いや、これは私のお願いも含めているが……――」




