四十八話、静かな誘い
私が歩を進めると、背後からやたらと軽い足取りがついてきた。
リデルだ。
大人の悪口大会の時は静かだった青年。
むしろフォルシュトナーに委縮していたのかもしれないが……。
「ね、あの子に会わせてあげよっか?」
耳元で囁くように言ってくる。
……ラザリの側の人間のはずだ。
なぜそんなことを――私が口を開くより早く、向こうが笑いだした。
「なーんてね?」
あははは、と。
まるで壊れた人形のように嗤う声が、背筋に冷気を走らせた。
それが余計心配を掻きたてる。
こんなのが彼女の近場をうろついているのだ。
セレスタ。
どこにいる――?
「あ、黒い竜さん」
その声に、足を止めたバリストンが振り返る。
「あ?」
声色が、露骨に嫌そうだ。
殺気すらも隠す気がない。
「ね、お茶しよ? ね? いいでしょ?」
「却下」
即答。
さすがに私も吹き出しそうになった。
だが、リデルをあしらったあと、こちらへ歩いてくると、ぽつりと呟いた。
「なんで……記憶、残ってるんだろうね?」
知るか。と内心呟く。
――おまえのせいだ。
さっきの悪口大会といい、余計な波風を……。
(いい加減、この男も叱っておかないと――)
そう思った時だった。
その場の空気を断ち切るように、別の人物が近づいてきた。
「女王陛下。アルヴァイン王が、お茶の席に招待しております。いかがなさいますか?」
帝王が、私に直接?
……フォルシュトナーは“別件で忙しい”と言っていたが。
やはり帝王はこの件には関わっていない。
そもそもこの会談さえあることを伝えられていないのかもしれない。
向こうから誘ってくれるとは。
渡りに船だ。
「構わない。案内してくれ」
そう言ってから、特別顧問官を一瞥する。
「おまえは部屋で、大人しくしていろ」
「……はぁ?」
明らかに不服そうな声。
だが、しぶしぶながら従うようだ。
その様子を背に、私は使者に続いて歩き出した。




