四十四話、整いすぎた朝に【ヴェラノラ視点】
帝国の城は、朝でさえ静かだった。
淡く白い魔導灯の光。
廊下の床を磨いたように照らしている。
赤みのないその光は、まるで“日の出”という自然の概念すら拒絶しているかのようだった。
床材は、滑らかな金属と魔道素材の融合。
ヤツが外を捜索しているなら、私は中を――そう思い、通路を巡っていた。
城内は期待薄。
しかし、何もしないよりはましだと、自分を動かしている。
歩くたび、コツ、コツと均一な足音が響く。
左右の壁には幾何学的な彫刻と、帝国の紋章が繰り返し刻まれていた。
光と歯車。
力と支配。
――美しくも、どこか強制的な均整。
(……やはりこの国の“整いすぎた美しさ”は、どこか、怖い)
窓はあるが、すべて魔導ガラス。
外気は通さず、光すら魔力で制御されているという。自然光ではない朝に慣れるには、もう少しかかりそうだった。
「……はあ」
誰もいないのをいいことに、私は小さく息を吐いて俯き――
角を曲がった、その瞬間。
「きゃっ!」
「……っ!」
誰かとぶつかった。
咄嗟に手を伸ばし、倒れかけたその者を抱きとめる。
「すまない。よそ見をしていた」
腕に抱いたのは、少女。
まるで人形のように整った顔立ちだった。
本来なら“美しい”と思うはずなのに。
なぜだろう――
この地では、あまりにも完璧すぎて、“作り物”にしか見えなかった。
少女はなぜか、妙に恍惚とした表情を浮かべている。
聞こえなかったのか。
そう思い、もう一度声をかける。
「だ、だいじょ――」
「ああ。王子様……ありがとうございます」
「……?」
お、王子様?
なんだこの子。
困惑のまま、そっと腕を離した。
「では……」
と、その場を離れる。
変な者はバリストンだけでいい。
「ま、待って! 私の王子様! 運命の人!」
背中で声を受ける。
その間にも「また、会いましょうね!」などと声高らかに伝えてくる。
チラッと後ろを振り向く。
ブンブンと手を振っていた。
「王子様――! 私リリエルって言うの!! 絶対また会えるわ!」
わざわざ名乗りまでしておくとは。
「だって運命の糸でーー」
やっと声がここまで届かなくなった。
……変な子。
着いてきてないだけマシか。
困惑を胸たに抱いたまま、会談の場に到着してしまった。




