四十二話、蒼と黒の証明【セレスタ視点】
「あれ?」
また違う天井。
騎士団の医務室みたいな……。
ここが本当に医務室だったらよかったのに。
ふらふらと起き上がった。
部屋、というよりは牢屋。
目の前に、もう一つベッドが置かれている。
――いやに清潔すぎる。
檻の向こうには、得体の知れない溶液の入った大きな筒が、均一に並べられていた。
薄暗く、その奥までは見えない。
(……どっちにしろ、また檻の中か)
ため息が漏れる。
額に手を当てて、記憶を辿る。
リリエルさんと帝都を歩いて……
どうしたんだっけ?
――ああ。
リリエルさんからもらったお菓子。
食べたら、眠くなったんだ。
……まさか、あれに薬が?
簡易なベッドに腰を下ろす。
だんだんと意識がはっきりしてきて、薬剤の匂いが鼻をついた。
うう……気分悪い。
再び横になろうとした時――
声がかかった。
「お目覚めですか、セレスタさん?」
優しそうな顔。
モノクルがきらりと光る。
この人……
王国に来ていた、外交官。
――あの時の、呟き。
思い出して、背筋が凍る。
ブルッと、身体が震えた。
「そう怖がることはありませんよ」
優しく諭す声。
彼は檻の鍵を開ける。
……私は私で、強くなきゃ。
手を差し伸べてくるが、構わず自力で立ち上がる。
「おや。流石、と言ったほうがいいでしょうかね」
「どこに、連れていくんですか?」
「ただの案内ですよ。私の傑作――竜の落とし子たちを、見せてあげないといけませんし」
「……」
「そうそう。あなたが会った双子――リデルとリリエルも、落とし子です。可愛かったでしょう?」
「……」
落とし子。
その意味が怖くて、考えたくない。
檻の外に広がる筒の中。
人とも、魔物とも言えない“なにか”が、泡の向こうに浮かんでいた。
「ああ、その子たちも落とし子ですね。失敗ですが」
失敗。
そう、言い切った。
(生き物を……失敗だなんて……)
「……何のために、こんなことしてるの……ですか?」
彼は良くぞ聞いてくれたと言わんばかりに口を開いた。
「夢ですよ」
「ゆ、夢?」
つい、反芻した。
非道なことと、夢との繋がりがわからない。
「竜を追い求める夢を、私は生涯の命題としているのです」
(……だから、あの時も竜についてしつこく尋ねてきたんだ)
「あなたをリデルが連れてきたのは最初、ただの気紛れだった。あの子はそういうことがありますから。――しかし、あなたを帝都に連れてきた時。何があったと思います?」
「?」
全くわからない。
無言で続きを聞く。
「研究施設のルミナリアが青くなったのです」
「――っ」
だから、確信したのか。
あなたが竜だと。
そう言いたげな目。
次第に真っ白な傷一つない通路へと進む。
研究室かな。
コツコツと歩く音がやけにこだまする。
「……それだけ、ですか?」
「ええ。ルミナリアは、正直な植物ですから」
(……竜が近くにいると、色を変える。赤や黄、橙から、私の場合は青へ――)
「見せましょう」
と言って、突き当たりのドアを開けた。
「――っ」
真っ先に目を奪われたのは、事務机に置かれていたのはルミナリア。
容器に入れられている。
二輪。
その色に驚きを隠せない。
――青、それと……
もう一つを目にして、胸を抱く。
「元々この花、赤でした。しかし――あなたが帝国に入ったあたりで青になりましてね」
とん、と容器に手を置く。
花は嘘をつけない。
こうして突きつけられたら何も言えない。
歓迎してくれている、のは確かだけど。
ちょっと困る。
ラザリはもう一つの容器を触った。
「そして、一昨日あたりでしょうか? こちらは黒」
「く、黒」
これは……!
いる?
まだ、生きてる?
いや、今動揺しちゃだめだ。
「これの主、ご存知で?」
「い、いえ……」
否定する。
が、この人物にはお見通しだ。
長年教え込まれたポーカーフェイスも無駄みたい。
ふ、と笑って「まあ、いいでしょう」と、慰めた。
「とにかく、黒の主を手に入れた上で、落とし子を作れば、遺伝子を貰えたら……きっと僕の理想の竜が誕生する。それまではーー」
カタンと後ろのドアが開く音がした。
ふ、と。
気配を感じて振り返る前に――
「……っ!」
肩に何かが触れた。
チクリとした。
振り返り見る。
――注射針。
急にめまいがして、視界がぐにゃりと歪む。
落ちていくような感覚の中で、かすかに目に映ったのは――
白い髪。
機械のように整った顔立ち。
真っ赤な瞳。
(誰……?)
暗闇が、視界を呑みこんだ。
また。
ゆっくり、ゆっくりと。
落ちて、堕ちていった。




