四十一話、赤翼の夜逢引【バリストン視点】
帝都の魔導灯さえも消えた、朔月の宵。
城の屋根に、黒い影が舞い降りる。
そこから広がる尾と翼。
風に黒衣を揺蕩わせながら、闇に咲いた漆黒の花のように――静かに、静かに気配を消す。
見られたなら、蝶が蜜を吸うように記憶を奪うだけ。
(どこから探そうか……。城ではないのは確かだ)
……それなら、帝都内しかないか。
人に聞く? いや、物はやりようだ。
ふわりと落ち、黒鉄の街の谷を滑空する。
途中、ふう、と息をつきながら、黒炎を一筋、静かに吐き出した。
それは蝶となり、広場や露店で店仕舞いをしていた人々の肩や手元に舞い降りる。
(これで、あの子らしき人物でも映っていればいいのだが……)
再び城の屋上に戻る。
あとは蝶が戻ってくるのを待つだけ。
――期待は、しない方がいい。
だが、あの“抜け殻”がこの帝都にいると分かった以上、手段は選べない。
かと言って、闇雲に飛び回るのは無駄骨だ。
……しかし、ラザリがアレを調査して解答に近いところまで行っているとは。
流石。
昔から、異様に観察眼だけは鋭い。
奴からも、記憶は消したはずなのに。
あの子を守るためにしたことが、今や――
あの子に、刃を向ける理由にされている。
……これは、完全な失態だ。
俺はまた、同じ過ちを繰り返すのか……。
いや、とにかくラザリをどうやってすり抜けようか。
ルミナリアも正直なのが困るところだ。
蝶が来ない。
やはり、見つからなかったか。
……と、思った矢先。
ひらりと、蝶が二対、舞い戻った。
一つを指先に、もう一つは額に溶けていく。
これは――
子連れの親の視点か?
露店街。遠くに、あの子。
……楽しそうにしている。
隣にいるのは、ラザリの隣にいた青年と同じ顔立ちの女。
彼女も笑っているが、剣呑さを隠しきれていない。
(気づいていないのか。こんなところも、かわ……いや、違う)
……まだ、生きてる。
肩の力が抜けるのがわかった。
もう一つの視点。
これは誰だ?
わからない。
だが、あの子を抱っこしている。
視界の先には、地下へ通じる扉。
そこを開けて――視界は終わった。
眠っているだけか?
……死んでないよな?
「……っ」
胸が痛んだ。
落ち着け。黒炎が俺の内側を焼く。
(……もう、大丈夫だ)
地下。しかも、街中。
断片的ではあるが、収穫はあった。
ただし、視点の主があの子ばかりを見ていたため、周囲の風景がまるで記録されていない。
帝都の“黒い建物”など、そこら中にあるのに。
「……はあ」
今日は引き上げるか。
振り返る。
その目の前に、青年が立っていた。
ラザリの隣にいた――あの者だ。
「は?」
「わ、わああ! 竜だ! あなたは竜だよね!? あの子じゃなかったんだ!」
(あの子、か……)
確定、だな。
「そうか。どこにいるか、教えてはくれないか?」
「えっと、それは、怒られるから……でも、一緒にお茶してくれたら、教えてもいいかも?」
「機会があれば」
――絶対お断りだ。
代わりに、黒焱の剣を具現する。
そして、その刃を彼の額に刺した。
記憶を受け取り、すべてを消す。
それでもう、用はない。
半竜化を解きながら、静かに背を向ける。
「ありがと。もう俺のことなんて、知らないと思うけど」
そのまま、闇に紛れて消えていった。




