三話、黒き兆し、静かなる咲花
「気になること?」
職員の顔に、わずかな影が差した。
「……ルミナリアのことです」
その言葉に、胸の奥が冷たくなる。
さっき見た、あの映像の残像が脳裏をよぎった。
「入ろう。詳しく聞かせてくれ」
そう告げて扉を開けると、見慣れた温かな空間が迎えてくれる。
木の梁と魔石灯の光。
落ち着いた空気に、かすかに香る薬草茶の匂い。
――懐かしい。
だが、ここもまた、変わり始めているのだろう。
窓際の席に案内され、腰を下ろすと職員が少し声を落として言った。
「……実は、最近になって、ルミナリアの花の色が……」
「……」
「黒に近い、濁ったような色に変わってきているんです」
その言葉に、背筋がひやりと冷えた。
――黒。
さっき、あの映晶導器で流れていた映像。
帝都通信の画面に、ほんの一瞬だけ映り込んでいた花畑。
あれも、確かに……黒だった。
ただの偶然か?
いいや、違う。
竜の祝福を受けるこの国において、ルミナリアは加護の象徴。
そして、その色の変化は、確か……。
アッシュ様……陛下から直々に聞いている。
竜が現れると色が代わる、と。
「それが……この数日で急に、です。まるで、何かを感じ取っているように」
感じ取っている。
例え、色の変化の本当の理由が分からなくとも。
この国の炎、その血、その命。
それが察知しているのだろう。
黒……それも何時変わったか、アッシュ様から聞いていた。
また問題の対処をしなければならない、とため息が出そうになるのを堪える。
「……そうか。報告、感謝するよ」
席を立ちながら、私は静かに目を伏せた。
まあ、しばらくはここを訪れることにしよう。
アッシュ様とその婚約者のことを孫だとして見守っている。
としたら、アレは息子といったところだろうか。
随分問題児だが。
強い者ほど、壊れやすい――
あの子も、あの男も。
壊れてしまう前に、いつも間に合ってほしいと願わずにはいられない。二年前は結局間に合うことなく、終わってしまったから。
そして、ルミナリアは、今日もまた、確かに咲いていた。
黒く、静かに。