三十五話、君を父とは呼ばせない【バリストン視点】
葡萄をひと房頂戴して、そのままパーティ会場を抜けた。ヴェラノラに何か言われたら適当に言い訳しておこう。
その前に。
やつだ。
あの白髪の……人の形をしたもの。
パーティの喧騒を抜けた先。
庭が見える吹き抜けの回廊。
窓から欠けた月が見えた。
しかし、魔石灯の光で月明かりはここまで届かなかった。
「僕を追いかけてくれたんだろう?」
壁に寄りかかっていた。
帝国に潜んでいたとは…。
「――……!」
怒りか。
驚きか。
喉から声が出ない。
姉を奪って壊した。
子を捨てた。
俺を陵辱した。
竜――の紛い物。
その毒牙があの子に及ばないようにしていたが、とうとうか。
「なんだ?違うのか…あ、あの子のことかな?」
「……」
心が、軋む。
まだ、大丈夫だろうか。
生きているのか。
何もされてないのか。
……俺は、間に合うだろうか。
「いやあ、大きくなったよね!」
「おまえが、……育てたつもりか?」
案外声は震えていなかった。
「え? まあ、実質的にはそうかな?」
「捨てたくせに、よくもーー」
「壊そうとしたのは君だろ? 色々聞いてるよ」
「――っ」
喉が焼けたように、声が出なかった。
あの頃のあの子の姿が、ふとよぎる。
剣を教えた日。
檻を与えた日。
勝手に……――
……思い出してはいけない。
否定しないと、殻にひび割れた音が聞こえた気がした。
「かわいそうだから、拾った。ま、攫ったのはリデルくんか…でも偶然だけどね。運命かんじるよ!君も欲しいな!また、ね?」
「父親のくせに、この、抜け殻が……」
震えかける。
ちょうど“封竜の環”を書いた胸が痛い。
頭も痛くなる。
こいつの口車に乗っちゃいけないな。
とは言っても、煽ってくれるおかげで多少マシになる。
「はあ? 抜け殻…? 僕にはイゼルファという名前があるんだけど」
少々声を荒げる抜け殻。
「ああそれかシアーネね?」と続ける。
ふ、と内心ほくそ笑む。
竜じゃないが、勝手に竜だと思ってるもの。
更に怒りを助長させたら、居場所でも吐いてくれるだろうか?
「名前も、……奪ったものだろう」
イゼルファという名前。
――姉から。
シアーネという名前は知らないが、どちらにしろ奪ったか、勝手に自分で名付けたのだろう。
「おまえには何もない」
「……」
終わったな。
と思ったら、こちらの腰を抱き、引き寄せた。
「じゃあ、君が埋めてよ」
「――っ」
咄嗟に黒炎の剣を作り、ふるう。
寸前で躱される。
「危なー。そんなことしても、あの子を渡す気はないからね。もう、……僕のもの。帝国のものだ。
でも、君も僕のものになれば、あの子にも会わせてあげるよ? ね、優しいだろ?」
楽しそうに闇へと消えた。
はあ。
疲れた……。
パチンと指を鳴らす。
途端、黒蝶が舞い始めた。
ラザリに伝えた旅云々は本心。
これで今の俺の姿は誰も見れない。
しゃがみこむ。
まずは、明日の外交か。
どうせラザリだろう。
適当に詰めさえしたら、ボロくらい出るだろう。
あとは、帝王を説得するのが一番か。
出版系の知り合いにも小細工をお願いしたし、問題ないだろ。




