三十四話、視線の先に、懐かしい影
――来ぬ者を待つより、歩いた方が早い。
……待つことに慣れた私が、今回ばかりはどうしてもじっとしていられなかった。
「陛下、どちらに行かれるので? ――あれれ? ラザリ君じゃないか」
……宰相モードの奴とすれ違う。
「おやおや、レイヴ君。ここ数年見かけなかったのですが、どうされていたのですか?」
「ちょっと、旅に?」
「旅、ですか」
「ああ。悪くなかったよ。……目線を変えるって、案外大事なんだなって。君も――いや、君こそ旅すべきだよ、ラザリ君。理想ばかり追いかけてると、視野が狭まる」
「それはそれは……」
「……おすすめだよ。気が付くと世界が広がってる。あはは。君には無理かねえ?」
……煽るな。
フォルシュトナーも口角は上がっているが、ちょっと引き攣っている。
バリストンの足元をヒールで踏みつけた。
チラリと私を振り向く。
――が、目線はもっと遠くの……。
その目が、あの時。
剣を交えた時の鋭いものだった。
目を細めるバリストン。
「どうした」
私もつられて、その視線の先を追った。
一瞬、白銀の髪が――
レイに似た後ろ姿が視界をかすめる。
だが、違う。
レイ――セレスタ。
絶対にこの帝都に。
いるはずだ。
私が再び心に火を灯していると、顧問官が呟く。
「――いや。あの……」
「?」
「あの葡萄が俺を待ってる。じゃ、交渉の場で。ラザリ君」
……また葡萄か。
そう言って、軽やかにその果実の元へ歩いて行った。
残された彼がぼそりと呟く。
「……過去に葡萄の輸入を本気で詰められたことがありまして……」
案外このラザリという男も――バリストン相手では理屈が通じないのかもしれない。
面白いものを見た。




