三十三話、仮面の下に牙はあるか
会場に足を踏み入れる。
高天井を支えるのは、銀白に塗られた巨大な柱。
そこに彫られた雷と歯車の紋様。
帝国の象徴であり、力と秩序の支配を意味している。
室内は一分の隙もなく整えられていた。
隅に配置された円卓。
立食か。
いや。
一応席も用意はされているのか……。
中央には水晶を加工した巨大な魔導灯が吊られ、青と金の光が天井から降り注ぐ。
照らされた装飾壁面には帝国の歴代皇帝の肖像が並んでいた。
どれも冷たく威厳に満ちていた。
「こちらです」
案内された席――客人用の席。
赤いカーペットで仕切られ、私のための椅子には帝国紋章が刻まれた紫の背もたれが用意されていた。
(速い手配だな)
その隣、バリストンの席だけなぜか他より少しだけ距離があり、何かの“配慮”を感じさせる。知っているはずはないと思うが……。
と思案していると、特別顧問官が裾を引っ張る。
「なんだ?」
「俺は立食していく。――やあ、久しぶり」
「おや? 閣下!? しばらく見ないのでどうされたのかと……」
「いや、ちょっと旅に。貴殿こそ、印字の技術向上聞いてますよ」
「あはは……ありがとうございます」
「ところでご相談が……」といって、ワイン片手に人混みに紛れていった。
どうやら知り合いを見つけたらしい。
案外顔は広いのだろう。
が、これでは監視できない。
しかし、こんなところで問題を起こすほど子供ではない。
私は私で疲れをいやしながら楽しもう。
楽団による静かな演奏――弦楽器ではなく、魔道音源によって再生されていた。
不自然に完璧な調律。
温度も香りも、すべて魔導制御されており、“心地よさ”すら設計された空間だった。
(魔法――加護がなくとも、理想を追い求めたらここまで追求できるものなのか)
少々感心した。
招かれた貴族たちは一様に白か黒の礼服に身を包んでいた。言葉も仕草も洗練されすぎていて、不自然なほどに静か。
もちろん、会話が弾めばわりと人間味が見られるのだが……。
ワイングラスの中に注がれるのは、淡い青の果実酒。
料理は極端なまでに整った幾何学模様の皿に並べられている。
葡萄ばかり見ていたので、どれも妙においしい。
多少気が抜けかけたが、まだ姿を見せない。
しかし――
帝王――アルヴァイン・ヴァルトライヒはまだ姿を現していない。
だが、その空気だけがすでに、広間全体を覆っていた。
帝国流の「歓迎」とは――整備された支配の中に、微かな挑発と試しを含むような。
「女王陛下」
と、お呼びがかかった。
フォルシュトナーだ。
警戒してしまう。
「やあ、そんなに警戒されてしまっては……困りますな。今は楽しみましょう」
「……ああ」
「あちらに帝国産の果物があるので是非、紹介しておこうかと」
「なるほど。頼む」
ここぞとばかりに貿易交渉をするあたり流石だと思ってしまう。
私は席を立った。




