三十一話、制御された都市で、制御できない男と
「お待たせしました」
「ありがとう。――おい」
「はいはい」
用意された”馬車”へと入っていく。
外装は艶のある黒金。
四輪には魔道装置が仕込まれ、路面の凹凸さえも感じさせない滑らかな乗り心地だった。
馬はいるが、ほぼ自動。
馬に負担の無い馬車ということか。
しかし友達が便器の特別顧問官は酔った感じは見受けられない。
車内は魔道灯によって淡く照らされ、人工の香が微かに漂う。
まるで、異国の箱庭にでも閉じ込められた気分だ。
「……空気まで整えてあるのか」
どこまでも“完璧”だ。
窓の外には、夜景に――いや、太陽に照らされた帝都が広がっていた。
それくらい明るかった。
直線的に並ぶ高層建築。
所々に浮かぶ魔導広告。
光の奔流が通りを包み、人々はまるで水のように流れている。
綺麗だ、とは思うが……王国で慣れているせいか、自然があまりないのが気になった。
帝都――アストラエル。
魔道と機構が混在し、あらゆる“制御”が行き届いたこの国の象徴。
(……あまり、好きではないな)
あまりに整然としている都市は、人の温度を奪う。
隣を見ると、特別顧問官さんは口を半開きにして葡萄を咀嚼していた。
「レイはこんなとこに……」
ぼそりと呟いたと思えば、涙目になっていた。
こいつの世話は手間がかかる。
しかし、私もセレスタのことは気になる。
馬鹿にはできない。
――と、耳飾りに触れる。
(ああ。やっぱり、癖になっているな)
と、触るのをやめる。
そして、外の魔導灯に照らされる奴に顔を向ける。
思わず顔をしかめた。
「……おまえ、泣いてるのか?」
どこまで本気で、どこまで演技かは分からない。
けれど――私には、それが“彼自身の痛み”に思えて、仕方がなかった。
「泣いてないし」
即答のわりには顔を拭っていた。
やれやれと肩を竦めているうちに、馬車は大きな門をくぐった。




