三十話、回復には、レイと葡萄が効くらしい【ヴェラノラ視点】
漸く船に乗り、数日後。
無事に帝国の港へ到着した。
既に夜。
魔道灯が辺りを照らし、遠くには鉄の建物群が夜景として輝いている。
近場に行けば、昼間のような明るさだろう。ここからでもわかった。
ルミナリアとは違う生きた光。
――圧巻だな。
だが、ここで私が圧されては意味がない。
ちら、と足元を見る。
「……レイ」
堤防で俯き、ぐったり座り込んでいる男。
セレスタの名前を呟く。
そのまま夜に溶けていきそうだ。
まあ、気持ちはわからなくもないが……。
この調子だと、使い物にならなさそうだ。
「はあ……」
外交の腕は確かでも、これでは期待しようにも無理がある。
そろそろ回復してほしいものだ。
「おい、ほら」
「は?」
飴と鞭だ。
今日は飴から。
船内で手に入れていた葡萄を渡す。
「あー、おいしー」
早速とばかりに一粒つまんでは、笑顔になっている。
……楽観的というより、回復が単純すぎる。
もはや宰相という仮面は脱ぎ捨て、完全に自由人の顔だ。
「遅くなりました! イグニス王国女王陛下と、特別顧問官様でございますね!」
遠くから白い軍服の男――帝国の案内役らしき人物が小走りに駆け寄ってくる。
当然だが、こいつは対応できそうにない。
私が代わりに応じる。
どうやら魔道車が用意されているらしいが――
機械系が無理なこの男を狭い車内に詰め込んだら、また“成果物”を献上されかねない。それは本当に困る。
が、魔道便器と仲良くさせることもできない。
最悪、私も巻き添えになる。
「……すまない、馬車を頼めるか? こいつがまた酔うかもしれない」
「かしこまりました! ただいま手配いたします。少々お待ちを」
「ああ、頼む」
帝国の空気は、イグニスとまるで違っていた。
蒸気の匂い、遠くから聞こえる機構の唸り――
歓迎とは名ばかりの“観察”が、既に始まっている気がしていた。




