二十六話、やさしさの仮説
ふたりして、笑い合った。
広場のベンチに座って並ぶ。
「ねえ……、わたくしたち、友達になりましょ」
「と、ともだち……」
「知らないの?」
「あ、こうして改めて言われるのは初めてです」
少し恥ずかしい。
アッシュ様は婚約者だし。
カイルは仕事仲間。
……ちょっと違う。
“友達”。
悪くないかも。
蒸し菓子の甘さと、“友達”という言葉の甘さで、ほっぺが落ちそうになるのをぐっと堪える。
食べ終えて、ふと周囲を見渡した。
一組の親子が肩を寄せて座っていた。
また別の親子は、手をつないで、抱いて、笑い合って。
駄々をこねる子が叱られていたけれど、みんな、幸せそうだった。
――あたたかさ。
――赦し。
――言葉にしなくても伝わる、想い。
私は、ただそれを遠くから見ていた。
隣ではリリエルが、おいしそうにお菓子を頬張っている。
私は彼女を見ずに、そっと胸元に手をやった。
そこには、《封竜の環》。
――あの人が書いた、魔法陣。
(……あの人も、本当は、ああやって……誰か――私を、守りたかったのかな)
小さな想い。
ようやく、私の中で形になった。
“やさしさの仮説”。
もし、また会えるなら。
私は、逃げない。
私は、許す。
怖くないと言えば、嘘になるかもしれない。
――それでも。
唇が、わずかに震えた。
私はあれから陛下から愛を貰った。
多分……学んだと思う。
だからもっともっと親子として……
「愛し方を……一緒に、覚えていけたら」
違ったのかもしれない。
すれ違ってしまっただけで、ほんの少し……伝え方を変えれば――
届かないその言葉は、静かに、静かに夜空に溶けていった。
 




