二十五話、斑の都市で、君と甘く
拘束具は発動しなかった。
……ほんとうに、出られるんだ。
不安と少しの期待を胸に、私は一歩、足を踏み出した。
扉を出て、数歩。
リリエルに手を引かれるまま、進んでいく。
階段を下ると、そこはもう“外”だった。
イグニスのような石畳ではない。
滑らかな魔導素材で舗装された道。
表面には魔道の紋様がうっすらと浮かび、歩くたびに鈍く光を返す。
「ああ、あれは魔道車よ。危ないからこの線か石段からはみ出ないでね」
(この光で分けてるのか)
隣を見ると、いくつも走る魔導車。
見上げると街は高層。
まるで崖のようにそびえるビル群が、整然と空を削っている。
だが、どれもが上から見下げられているみたいで怖い。
窓枠には渦を巻くような金属装飾。
塔の外壁には羽根のような彫刻が施され、人工物のはずなのに、どこか“生き物”のような圧迫感がある。
所々、空中を這うように導管や配線が張り巡らされており、周期的に青や赤の光が流れていた。
地上には車輪のない車両が滑るように走っている。
重力を操る魔導技術が、動力の代わりを担っているのだろう。
空を見上げれば、鉄骨の橋。
下を歩く者たちは、皆、小型の《魔導端末》を手に持っていた。
映像や通話が浮かび、看板はすべて発光式。
読み手の言語に自動で翻訳されるという。
(す、すごい……映晶導器じゃ帝国語わからなかったのに)
街は静かだった。
だが、音がしないわけではない。
足音、通話音、搬送音――
すべてが“調律された雑踏”として、都市全体に流れていた。
不自然なほど整っていて、不自然なほど静かで。
まるで都市そのものが、“誰かの心臓”のようだった。
「さ、こっちよ」
「……ぁ」
手を引かれて歩いた先に、低めの建物が現れる。
子どもたちの声が響いていた。
……学校があるのかな?
「ここ、お菓子の露店がたくさんあるのよ。イグニスとは違うお菓子、見てみない?」
学校ではなかった。
賑わいの正体は、露店だったのだ。
前に、アッシュ様から食べさせてもらったお菓子も帝国のものだったっけ?
あれ以外にも、たくさんあるらしい。
「リデルから硬貨もらったから、なんでもいいわよ」
「……っ」
そう言われたら、抑えがきかない。
屋台の一角から、湯気と甘い香りがふわりと流れてくる。
魔石で温められた鉄板や保温台の上に、カリカリの飴や蒸し菓子、果実の皮を薄く焼いたものが並べられていた。
「うう……!」
お、おいしそう……!
「おひとついかがですか? 本日限定の《星屑シロップの蒸し菓子》ですよ!」
リリエルが「二つ頂戴」と注文する。
「あ、ありがとうございます」
差し出されたのは、淡く光る小さな丸菓子。
見た目は饅頭のようだけれど、中には“星屑”と呼ばれる発光する果実蜜がとろりと仕込まれていた。
「ううーーおいしいです!」
「それはよかった」




