二十二話、リボンの牢【セレスタ視点】
「――……ぅう」
頭が重い。
身体もどこか怠い。
でも……この感覚。
懐かしい。
ぼやけた視界が、次第に開けていく。
最初に目に映ったのは、天井に描かれた金と銀の装飾紋様。
(……ここは、アッシュ様の部屋でも、王国のどこかでもない)
整った顔をした青年とお茶をしたあとの記憶が、ない。
それだけで、何が起きたのかは察せられる。
柔らかなシーツに包まれた身体。
肌に触れる布は絹よりも滑らかで、微かに花の香りがした。調香された空気が、呼吸するたびに胸へ甘く満ちていく。
天井からは魔道灯が下がっていた。
それは、淡く青白い光を放ち、時間の感覚を奪っていく。
壁には、帝国特有の彫刻――
抽象的な幾何模様と、歪んだ草花の意匠。
一見、美しい。
だが、“自然のものではない”という違和感が、じわじわと胸に滲んだ。
窓は大きく、魔道ガラスがはめ込まれていた。
王国のような、あたたかい陽だまりは感じられない。
その向こうに見えたのは、整然とした街並みと、薄く揺れる朝霧。
(……やっぱり、帝国)
美しい。
けれど、それだけに現実味がなかった。
室内の家具は、黒と金を基調とした異国様式。
ベッド、鏡台、長椅子、読書机、装飾棚……どれも無駄がなく、完璧に整っている。
部屋の隅には《映晶導器》が埋め込まれていた。
操作盤から映像や音声を選べる仕組み。
名前だけは聞いていた。
今は、音のない絵画のような風景映像が、静かに流れている。
ドアは黒鉄と真鍮。
美しいが――内側からは開かないように見えた。
あまりにも静かで、あまりにも整いすぎている。
多分、娯楽もここだけで済ませられるような――まるで、“最初から逃げる気力を奪うために設計された空間”だった。
(……拘束、されてない?)
そっと手足を確認する。
目についたのは、見慣れないリボンだけ。
ふわりと揺れるそれは、装飾にしてはどこか違和感があった。
そっとベッドサイドに腰を下ろし、立ち上がる。
――少し、立ちくらみ。
でも、動ける。
歩ける。
(……出てみないと、始まらない)
一抹の不安を抱きながら、そっとドアノブに手を伸ばした。
手加減して回すと――
「あ……」
扉は、開いた。
通路へ足を踏み出した、その瞬間。
リボンが、ぴたりと絡み合う。
手足に、“絞める”感覚。
――うそ。これ、拘束具……?
可愛らしい見た目に騙されていた。
リボンが絡み合い、手足が引き寄せられ――次の瞬間には、床にべしゃりと倒れ込んでいた。
「……っ」
「ありゃ? 出ちゃったんだ?」
と、上から声がした。
そっと抱きかかえられる。
「だめだよ! 君は可愛くて儚げですぐに壊れそうだから……ここに入れといたのに……外は絶対危ないよ」
この人……。
そうだ。
この人だ。
お茶を出したのは。
記憶の奥がざわめく。
警戒はする、でも……。
ゆっくりと、まるで人形を扱うように、ベッドへ戻される。
気付けば、手足の拘束は外れて、元のリボンになっていた。
「出て行ったら絶対傷付いちゃう……! ここなら、なにも怖くないよ。ほら。欲しいものがあれば何でも言って? 食べたいもの、着たいものも、ね? あ、ボクはリデル! ね、呼んでくれない?」
「り、リデル」
「わあ……! 可愛い声……!」
綺麗な顔。
作られたと言われても納得できる。……この部屋みたいに。
それに、目が笑っていない。
どこか淀んでいる。
そしてなにより、底が知れなくて恐ろしかった。
自然と震えてしまう。
「だ、大丈夫? 寒い? 怖い? でもここなら安全だから……じゃ、ボクラザリの所行く途中だからまたあとで来るね、セレスタちゃん」
そういってリデルは颯爽と退出した。
扉を完全に閉めるまで、こちらを見つめながら。