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二十一話、成果物生成する時は、背中をさすって


 客室の扉を開けた瞬間。

 微かに異国の香料が鼻を擽った。


 調香された空気が、ほんのり甘い。

 帝国らしい“魔道と機械の融合”――

 内装からして、すでにイグニスとは異質だった。


 照明は魔道灯。

 壁には金属製の飾り彫りと魔導符。

 艶のある金属脚のベッドが二つ。触れると魔石が反応し、温度が自動で調整される。



(イグニス産の魔石が、こうして使われているとは……)



 複雑な気持ちを抱えつつ、窓辺の机に腰を下ろす。

 窓の外には、濃藍の海原が広がっていた。

 陽光が魔道ガラスに反射し、宝石のような光が差し込む。


 水平線と空の境目は曖昧で、どこまでも蒼が続いていた。



(……青。セレスタを、どうしても思い出す)



 気が緩むと泣いてしまいそうだ。

 気を取り直して視線を落とし、書類に目を通す。

 と、そのとき――


 壁に埋め込まれた情報端末、帝国式の映晶導器(テレビ)がちらりと光った。

 近くのリモコンで切り替えられるらしい。現在は娯楽映像が流れ、端に帝国文字が滲んでいる。



「……はあ」



 バリストンの姿が見えない。


 が、不穏には思わない。

 一日目にして、水洗式の魔導便器と“親友”になっていた。

 机には水分としている葡萄の皮の山。

 それを食べては吐いて……。

 その繰り返し。


 ガチャリ、と音を立てて扉が開く。



「レイが……攫われたのに……こんな……」



 ぶつぶつ呟きながら、黒衣の男がソファに倒れ込む。黒髪の彼は憔悴しきっていた。



(……もうダメかもしれんな)



 私はため息と共に書類に目を戻した。



「それにしても……レイほどの騎士が、なぜ誘拐された?」



 ちらりと私を伺うように見やる。

 責めるような言い草ではない。

 確かに、彼女の力なら木を根ごと抜きかねない。



「薬、か」



 私はぽつりと呟いた。



「睡眠薬……?  でも、あの子そんなの効くような子じゃ……風邪薬も要らん、丈夫すぎて医者泣かせだったのに……俺もこんな酔うことなかったのに……」


「……? どうした」



 突然バリストンが沈黙し、目を見開く。

 隻腕は口を押さえていた。

 ……またか。



「おい、ここで成果物を披露するな」


「…………」



 少し睨まれた。

 涙目で。

 返事もせず、彼は魔導便器へダッシュしていった。

 苦笑が漏れる。



 ――竜化の影響か。



 彼もまた半竜。

 二年前。

 対峙した時にその変わりようを見ている。


 魔法(加護)への耐性はあっても、人工物には弱い。


 こいつも以前は酔わなかったと先ほど言っていたし……。

 そういう身体、体質なのだろう。

 ベッドに戻ったバリストンが呟く。



「レイが見える……尊い……可愛い……つらい……」


「おまえ、本当に外交できるのか?」


「まあ……船さえ降りればな」



(信用できんな……)


 しかし、作戦の確認はしておきたい。



「帝国には行ったことがあるのだろう? セレスタの場所……予測は?」


「うーん。ラザリの研究パターンだと、まず一週間拘束。その間に“調整”……ただ、レイは特別かもな」


「……ラザリ?」


「ヤツの偽名。個人で研究したいときに使う……コードネームみたいなものらしい。

 とにかくあいつ自身が直接誘拐に関わるなんて面倒なこと、やらないと思う。別の誰かが動いたな」



(ラザリは違う……?)


 あの笑みを浮かべた外交官ではない――なら、傍にいた男か。



「問題は、ラザリがレイが“竜”だと気づいたあと、何をするか、だな」



 そう言いながら、彼はまた魔導便器へ。


(これがなければ有能なのに)



 だが、言っていることに嘘はなさそうだ。

 仮にヤツの見立てが正しければ、まだ“間に合う”。


 魔物に興味はない。

 興味があるのは、“ただひとり”。

 それが逆に、弱点でもある。

 そこをつけばどうにかなるはずだ。


 戻ってきたバリストンは葡萄を片手にベッドへ沈む。虚ろな目で私を見つめ、真剣な声を出した。



「ヴェラノラ、頼みがある」


「……?」


「吐くとき、背中さすってくれ」



 ……。

 私はふ、と笑って答えた。

 どうせ、こいつも加護は効かない。


 それならば――



「わかった。この“炎”でよければな」


「――ッ。ま、待った!? ワ、ワア……ずいぶん強火……っ、あ、熱い熱いッ!」




 ――船内で爆発音が響いた。


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