二十話、こいつと一緒に外交とか、無理
同時に、部屋のルミナリアが。
――黒と白に包まれる。
右腕はない。
黒髪の男が、左手だけでローブの裾を摘まみ、優雅にカーテシーをして見せる。
「お久しぶりです」
……やけに優雅なのが、腹立たしい。
(……来たか)
――ノル・バリストン。
セレスタを“レイ”という名の檻に閉じ込め、竜へと変えた張本人。
生きていたとは。
……しぶとい。
掌に、思わず焔が灯りかける。
――が、理性が勝った。
むしろ、頭を抱える羽目に。
おそらくこいつを説得したであろうヴァルディスも、微妙に困ったような顔。
唯一、二年前の真相を知らぬ兄上だけが、いつも通り朗らかに挨拶を返した。
「おー、息災だったか、ノル」
「ええ。お久しぶりです、殿下」
調子がいい。……実にいい。
忘れているわけではないだろう、セレスタにした数々を。
兄上への挨拶を済ませた彼は、私とヴァルディスを見回す。
「どうも、二年ぶりですね。……で、レイは?」
返事はしない。
私が沈黙を保つと、彼はため息をつき、今度はヴァルディスに視線を向けた。
「はあ……ヴァルディス様。公務の手伝いと聞いてましたけど、俺、何すればいいんです?」
「率直に申し上げます。セレスタ嬢が、恐らく――帝国の外交団によって攫われました。
陛下と共に追っていただきたいのです。……“特別顧問官”として」
「……は?」
目を丸くしてヴァルディスを見る。
知らなかったのか……?
(よく、この男を動かせたな……)
どうやってこの男を動かしたのか、ヴァルディスの手腕が気になるところ。
聞くか否かしていると、向こうがぐちぐち文句を言い出す。
「は?……俺のレイが攫われた? ヴェラノラに任せたのに? ――このザマか」
「……ぐぬ」
否定は、できない。
悔しいが、こいつの言葉は真実だった。
更に突き詰められるかと思ったが、ヤツの口から出てきた言葉は予想外のことだった。
「ちょっと空気吸ってくる……レイの部屋、どこ?」
「は?」
私とヴァルディスの声が重なる。
「いや、久しぶりだしさ……匂いだけでも嗅げたら、少し落ち着けるかと思って、ね?」
「ね? じゃない!!!」
ヤツがやれやれと左手を宙に浮かす。
やれやれなのはこちらの方だ。
さすがに堪忍袋が破れかける。
ヴァルディスに詰め寄る。
「“清濁併せ吞む”と言ったが、こいつ、濁りすぎでは!?」
「何を言ってる、ヴェラノラ。俺は清い方だろ?」
「わ、我も清い方だよな……? なあ、ヴァルディス」
三方向から詰め寄られるヴァルディス。
さすがに胃が死ぬ音が聞こえそうだ。
「……まずは、落ち着いてください。アッシュ様、こちらを」
「……?」
手渡されたのは、見慣れぬスイッチのような物体。
「これは、バリストンに装着した自爆装置です。
……暴走時は“ドカン”と、どうぞ」
「……レイに渡しておけよ」
「うるさい。変なことしたら即押すぞ」
兄上の隣にバリストンがすとんと座る。
これから、こいつと共に外交の旅か……。
「アッシュ様、よろしいでしょうか?」
「……ああ。私とこいつが出る。国内は、ヴァルディスと兄上。――それが、一番“安全”だ。……国内は」
「留守は任せてください。……どうにか、兄上の手綱を握っておきます」
(手綱……。切れそうだが)
私も、こいつという危険物の“手綱”を握らなければならない。
「それと、今回は船をご用意しました。
数日はかかりますし、先に交渉の文書を送っておけば、現地に着く頃には調整も整っているかと」
「……何から何まで、本当にありがとう」
ノルは一幕の元ラスボスですが、その後の話はこちらにて▶︎ https://note.com/fire_thyme7838/n/n92102e62234c?sub_rt=share_b