十八話、その名を呼べない
騎士団に命じ、すぐに城内を調べさせた。
居室、訓練場、庭園、騎士寮、文官の区域――
外出記録も確認したという。
だが、門はどこも開かれておらず、城の外に出た痕跡は、なかった。
それでも、見つからなかった。
騎士たちは城下町まで降り、あらゆる場所を捜索したという。
露店の影、図書館の回廊、騎士団詰所の裏手。
あの子が隠れていそうな場所は、すべて。
赤い竜騎士も、魔物討伐の任務の合間に探してくれていたらしい。
「レイが行きそうな場所と、バリストン邸――レイが当主だし、そっちに戻ってないかも確認したんですが……やはり帰ってないと」
と、彼は珍しくしょんぼりして報告してくれた。
ヴァルディスや兄上曰く、あんな彼を見るのは初めてだと。
それほど、騎士団の中で彼女の存在は大きい――
少々誇らしくはあったが、当の本人がいなくては、褒めることもできない。
帝国の使節団が去って、すでに数日が経っていた。
彼らは、何事もなかったかのように、あっさりと帰って行った。
ハイリンヒ・フォルシュトナーという男は、最後まで笑みを崩さなかった。
やけに穏やかで、やけに早く、やけに軽く。
……それが、何より気に入らなかった。
まず私は、公務を早々に終わらせ、騎士団と王城を繋ぐ通路にある生垣へと向かった。
ルミナリアの花を抜けた先にある、あの子との“秘密基地”。
ここで幾度も逢瀬を交わした記憶が懐かしい。
だが、やはり気配はない。
国花も、赤いままだった。
――見慣れた、赤。
けれど、こうも“青”がないと、ここまで焦燥するものなのか。
そして今度は、彼女がこっそり通っていた“竜の尾”へ向かった。
私に隠れて、竜としての力を磨いていた場所。
火山の断崖、岩場の稽古場、地熱のこもる谷――
灼けた風が吹きつける、火山帯の頂。
“竜の尾”と呼ばれるこの地。
火山は眠っているが、流れる赤に、息吹があった。
人の立ち入りは禁じられている。
赤く染まった岩肌、地熱を含んだ空気。
少し奥へ進めば、かつてあの男――バリストン卿と対峙した場所がある。
(セレスタ……あなたは、ここに来たのでは?)
私は声を押し殺し、周囲を探った。
足跡、焔の痕跡、ルミナリアの色。
――何も、ない。
どこにも、彼女の気配がない。
そして、ようやく目にしたのは――
白いルミナリアの、一輪だけだった。
風に揺れて、静かに、揺れていた。
「……いない、のか」
さっと風が抜けた。
熱波が炎のような髪をうねらし、耳飾りを揺らす。
その瞬間、確信に変わった。
(これは、ただの外出じゃない)
(セレスタは、ここに来ていない。来たのなら、この場に“痕”を残していたはずだ)
私はそっと目を伏せた。
外気と相まって、喉と息が熱い。
しかし、胸の奥が、ひどく冷たかった。
そうして、呟いた。
「……誰かが、連れていった。――彼女を」
もう、気づいていた。
いや、最初から――気づいていたのだ。
けれど、信じたかった。
探していたかった。
ほんの一縷でも、違う可能性を。
だが――答えは、出た。
彼女は、もうこの国にはいない。
いや、ルミナリアの色から既にわかっていた。
しかし、一縷の望みを抱いていたのだ。
私の騎士。
私の伴侶。
誰よりも大切な、“竜の少女”は……。
セレスタは。
――消えた。
この“竜の尾”の先に連なる、“竜の背骨”と呼ばれる山脈の、もっと先へ。