十七話、蒼のない朝【ヴェラノラ視点】
朝の陽が、謁見の間に差し込んでいる。
高い天窓から射す光は、赤金の柱に絡まるルミナリアを照らしていた。
――赤色と黄金。
竜の加護を示す、いつもの色。
けれど。
(……今日は、そこ全ての色を上書きする青が、見えない)
ふと視線を向けた先。
王座の左右に咲くルミナリアの群れに“蒼”の色が一輪もないことに気づく。
――いや、唯一私の足元のものだけは、青。
屈んで撫でてみる。
そしてまた、あたりを見渡す。
やはり一面にはない。
だが。
「……来ない、のだな」
私は、ひとりごとのように呟いた。
いつもなら、もう私の膝に額を擦り寄せてきているはずだ。
誰よりも早くこの場に入っていた。
そして私の手に、髪に、温もりを求めていた――レイが。
騎士の任務か……いや、そんなことはないはず。
どちらにしろ、一度顔を見せる。
(寝坊? ……違う。そんなこと、今まで一度もなかった。遅かったらわざわざ私の寝室にまで来るのだ)
違和感が、胸の奥にじわじわと染みていく。
それは冷たい不安でも、熱い焦燥でもなく――空虚だった。
……私もちょっと依存しているな。
と、人知れず嘲笑い、イヤリングを触る。
「陛下、朝の報告を――」
文官が控えめに口を開いたが、私はすぐに手を挙げて制した。
「その前に。セレス……いや、レイの姿が見えぬ。確認を」
「は……はいっ」
控えていた従者が小走りで下がる。
疑問に思われる可能性もあったが、竜なこと。私の側近の従者でもある。
皆、周知してくれている。
ヴァルディスも心配そうに見つめ、カイゼル髭を撫でる。
……あの子の昨日の行動を思い出しているのか?
「ふう……」
私は王座に深く腰掛け直し、遠くのルミナリアを見つめた。
赤を塗りつぶす群青がない。
それだけのはずなのに、こんなにも落ち着かない。
(昨日は……外交団を見送ったあと、姿は確認していない)
(レイは、誰と……どこへ?)
(一人で特訓……? いや、それも必ず”竜の尾”に行く旨を必ず伝えてくれる)
耳元のイヤリングを、無意識に撫でていた。
(――ああ、まただ)
最近ーーいや、焦ると癖になってきている。
金の炎。
血筋の証。
竜と王の契り。
そして過去のあの子との約束の品。
――その炎が、いまにも揺らぎそうで。
……やはり、いない。
王座の間から姿を消した“彼女”は、どこにもいなかった。
先程出た文官が戻ってきた。
さすが、仕事が早い。
「陛下、近衛の者たちに聞き取りましたが……昨晩以降、レイ様の姿を見た者はおりません」
「……」
「念のため、客室、騎士寮、王立庭園も調査させておりますが――」
私は小さく首を振る。
「城内にいないのは、もう確かだろう」
「……まさか、誘拐、などと……?」
文官が息を呑む。
周囲がざわつく。
確かに、外交に来た帝国の者。
更にはそれ以外もいる。
中には竜を拒否するものさえ
そんな様々な思惑を知っている。
だからこそ、私も、すぐに頷くことはできなかった。
だが、拭えぬこの胸のざわめき。
ルミナリアが“青”を示さぬ朝に、彼女の姿がないという事実。
「まだ早計だ」
私は立ち上がった。
「……外に出ている可能性もある。“あの場所”だ。彼女が時折、ひとりで向かっていた火山地帯。――竜の尾の先。特訓と称していた、あの場所へ」
誰もが息を飲んだ。
彼女が“竜”としての力を秘めていることを。
公然の秘密。
そして、その力をどう扱うべきか悩み続けていたことを。
私のために一人特訓してた。
これだけは、私が知っている。
「同行者は不要。集会が終わった後私ひとりで向かう」
命じると、従者たちは静かに下がった。
「では私は国境付近のホテル街に行ってまいります。万一誘拐されたとして、帝国は海路から――つまり船で行き来しておりましたので、そちらの方も見てみましょう。騎士団には街中などを捜索してもらいます」
ヴァルディスが集会を始める前に先に捜索の段取りを進言した。
私は頷いて、平時通りの集会を開始した。
心のつっかえが取れないまま。