十五話、『私は、まだ“レイ”でいられるか』【レイ(セレスタ)視点】
謁見の間での緊張感がまだ抜けきらぬまま、私はヴァルディス様の後ろを歩いていた。
帝国からの使節――ハイリンヒ・フォルシュトナーという男と、もう一人の従者らしき人物を、客室へ案内する役目を仰せつかったのだ。
(……なんで私なんだろう……)
疑問に思いつつも、立場上当然の任務。
騎士として、女王陛下の側仕えとして、断る理由もなかった。
けれど、歩くたびに足が重い。
(……さっきの“竜”って、もしや……私のこと?)
それに心なしか、従者の視線が熱い。
これは他の騎士みたいな眼差し――尊敬の方だと思いたい。
ヴァルディス様の背中越しに、ラザリの気配を伺う。
笑っている。
だが、目が全然笑っていなかった。
――火山帯での鍛錬。
ひと目のつかない場所で、夜ごと己の力を確かめていた。
誰にも知られていないはずだった。
けれど、まさか。
(私、見られてた……? 嘘、そんな……!)
(やっぱり特訓は広めのバリストン邸の方がよかったかな?)
「……この回廊を進めば、左手に客室が並んでおります」
声が震えないように注意しながら、前を歩くヴァルディス様が別の会話をし始めてくれていた。
やっぱり私の声、震えていたのかな?
私はその隣を少し遅れて歩きながら、ラザリたちの様子を横目で伺った。
そのとき。
風の流れに乗って、小さな声が聞こえた。
「リデル……これで確定だな。竜は“いる”」
耳打ちだった。
しかし、確かに聞こえた。ラザリが、リデルという従者に向かって言った。
従者が嬉しそうな顔で頷く。
(やっぱり……!)
心臓が跳ねた。
全身に冷たい汗が滲む。
私はあえて表情を変えず、ただ進んだ。
でも内心では、ぐるぐると不安が渦巻いていた。
(どうしよう。陛下に……いや、でも……)
ふらつく足を堪え、ようやく客室前に到着する。
「こちらがお部屋となります。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
丁寧に一礼する。
多分動揺は声に乗ってないはず。
ラザリは口元に笑みを浮かべて、頷き「ありがとう」と一言。
静かに扉の中へ入っていった。
従者もそれに続く。
扉が閉まり足音が遠ざかってから、私はそっと息を吐いた。
「……疲れた」
ヴァルディス様の前だけれど、ついつい漏らしてしまった。慌てて口を手で塞ぐ。
ヴァルディス様が「今日はもう休みなさい」と言ってくれた。
お言葉に甘えてそのまま自室へ戻る。
人気のない廊下を歩きながら、やっと少しずつ呼吸が整っていくのを感じた。
部屋に戻ると、重たい鎧を外し、炎の魔力をそっと解いて――
私は本来の姿、セレスタへと戻った。
鏡の前。
銀の髪がさらりと揺れ、薄蒼の瞳が揺れていた。
「……私、どうすれば……」
不安ばかりが胸に積もっていく。
けれど、陛下の顔を思い出せば、ほんの少しだけ力が戻る気がした。
私はベッドに身を横たえ、薄く目を閉じた。
あの人の隣にいることを、もう一度自分に誓うように――