十四話、ルミナリアは全てを知っている
「それでは率直に。
近年、“魔物の活性”がこのイグニス王国の周辺、とくに“竜の背骨”付近で目立っております。
中には、住民の記憶が断片的に抜けている例もございますね?」
「……イグニス国民ではそういった事例は聞いておりませんが、”竜の尾”の先の大陸ではそういった事があると聞いております」
私は淡々と答えた。
横に控えているヴァルディスが、わずかに頷く。
彼の視線は鋭く、外交官の言葉の裏を探っている。
「ええ。我々としては――そのような脅威が存在する以上、やはり“竜”という力の扱いには慎重であるべきだと考えております」
「……“竜”とは」
「いえ、あくまで例えです。“かつて世界を災厄に導いたとされる存在”を、貴国が単独で保有・管理することの難しさ。それを、危惧している国もあるということです」
あくまで“遠回しに”。
しかし、私の耳には、はっきりと響いた。
――“あなたたちでは管理できないのでは?”
すっと横目でヴァルディスを見た。
彼は、うっすらと額に皺を寄せている。足はゆるりかけている。
(……あ。今、貧乏ゆすりしかけているな。セレスタを檻に閉じ込めていた奴なら確実にゲジゲジ蹴られてた)
私は表情を崩さず、答える。
「イグニス王国は、炎と竜と共にある国です。
民は強く、誇り高い。加護を持つものとして、その責任は果たしています」
「では、こう申し上げましょう。
もし、その“竜”なるものが、すでに姿を見せているとしたら――
それを、貴国で保護・制御する意思はおありでしょうか?」
その瞬間。
扉付近。
ちょうど私の隣で控えていたレイ――セレスタの仮の姿が、ほんのわずかに反応したのを感じた。
恐らく私にしかわからないくらいの。
目を伏せて、まるで風の音を聴くように。
私は気づかぬふりで言葉を継ぐ。
「……あくまで“例え”の話、ということであれば――
竜など、伝承のなかの存在でしょう」
彼は笑った。
「おっと。では、今のは幻想譚でしたね。
……ですが、“ルミナリアの色”には敏感な方が多くて。
最近、とある地方で赤、白以外の色を目撃したという噂も、耳にしております」
――!!
一瞬だけセレスタか? と錯覚しかけた。
私は息を呑みかけた。
だが、ぎりぎりでこらえる。
(別の、色――?)
恐らく青ではない。
セレスタがこっそり特訓をしていることは知っている。
しかしそれも、人気のない”竜の尾”に限ったものだ。彼女ではない。
……違う。
この子はちゃんと約束を守っている。
それとも、別の竜が……生存。もしくは生まれた、とかか?
ちら、とヴァルディスを見る。
彼の顔は動かない。ただ、ただ静かに。
(何か、知っているのか……?)
が、今ここで問いただすわけにはいかない。
「そのような噂話を、国家間の議題にするとは……。帝国もずいぶんとロマン主義なのですね」
私は笑みを返す。
すると、フォルシュトナーは片手を挙げ、恭しく下がった。
「ええ。詩や伝説こそが、歴史の始まりですから。
……陛下の美しい国に、また一歩踏み込ませていただけることを楽しみにしております」