十三話、女王の顔に戻る時【ヴェラノラ視点】
朝の陽が、城の高窓から差し込む。
書類に目を通していても、ふと意識が逸れる。
視界の端に、“彼女”が浮かんでしまうのは……まあ、仕方がないだろう。
(よく頑張ったな、セレスタ……)
ヴァルセリアス兄様との手合わせ。
正直心配だった。
だけど彼女はちゃんと自分の足で立って、戦っていた。
もちろん。
他の者の目があるから、レイの姿だったけれど……。
そして、夜にはあんなに甘えてきて――
あの顔を見せられて、こちらが崩れそうだった。
「……もう。可愛すぎるのよ、おまえは」
思わず独りごちて、唇を押さえる。
誰にも見られていないのをいいことに、微笑んでしまった。
だが、窓の外から騎士の呼び声が響く。
「陛下。帝国の使節団、城門前に到着とのことです」
――来たか……。
緊張が、わずかに空気を変える。
私は立ち上がり、赤い衣を正す。
「……さて。女王の顔に戻らなければね」
その手の中に、まだ彼女の温もりを感じながら、私は歩き出した。
***
イグニス王国、会談室。
高く伸びる天井、炎の文様が刻まれた大理石の床。
空気は静謐で、それでいて――どこか、張り詰めていた。
目の前に座るのは、帝国の外交団。
赤毛のその外交官が口を開く。
「おや? レイヴはいないのですね」
「……?」
一瞬どきりとした。
(レイヴ? レイのことか? いや……そんな話はセレスタからも聞いたことないが……)
「失礼」
非礼を詫びて咳ばらいをする。
――純白の礼服に身を包んだ男が、歩み出た。
「では、改めて……このたびは、再びお時間を賜り感謝いたします、ヴェラノラ・アウレリア・イグニス陛下」
恭しく頭を下げたのは、ハイリンヒ・フォルシュトナーと名乗る男。
モノクルに優し気な表情。
髪色は赤に染めたのだろう。
生え際は金髪だ。
イグニス王国の外交担当。
過去にも別の貴族の婚約申込の話を持ち掛けてきたことがある。
その声は低く滑らか。
まるでよく調律された楽器のようだった。
「イグニス王国と帝国との親交が、ますます実り多きものとなることを願っております」
その視線は笑っている。
だが――心は、笑っていない。
私は王座に座ったまま、静かに頷いた。
「ご足労感謝いたします。遠路を越えた労、まずは労いたいところですが……その真意、伺いましょうか」
文官の一人が小さく息を呑んだ。
フォルシュトナーの口元がわずかに吊り上がる。