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遠くの花屋  作者: あ行
4/39

4貴方に贈る

「あら、もう花枯れちゃったね。」

 母が花瓶を持ちながら私を見た。まだ私は昨日のことを怒っている。

「あんた、あそこの花屋できれいな花、買って来な。明日縁談だし、うんと綺麗な花を買うんだよ。」

 昨日、帰ったら何も言われなかった。唯一言われたのが、もう少し早く帰って来いだった。

「分かった。」

 ついでにって今日の夕飯の材料も頼まれた。

――――――――

「ふふっ。」

 花屋さん、今日も元気かな。どうしよう。先に花屋さんの所に行くか、買い物を済ませるのか。

「…………。」

 買い物行こ。後で(たの)しみをとっておいた方が()(らく)だ。

 砂の道を歩く。都会のところだったらもっと整備されてるのかな。世界のどこかを考えるのは案外樂しい。

「あ、綺麗。」

 けど、こんな花々は咲かないだろう。

「豆腐一丁お願い。」

「はい。一丁ですね。」

 今日は青少年が店番をしていた。いつもなら中年のおじさんなのに。私と同じくらいの歳だろう。

「はい。これ、」

 と、目を合わせずに湯葉を差し出した。

「え……?私、豆腐しか頼んでないわ。」

「父さんがいつものお礼として客さんに渡せって。」

 湯葉と豆腐を押し付けられる。

「あ、ありがとう。」

 青少年の耳が赤く染まっていた。

――――――――――

「これ……黄色の、花車(ガーベラ)。三本。」

 物静かな紅の着物を着た女性が、花屋に言う。

「はい。包装もしますか。」

「はい……。霞色で。」

 花屋は宝石を包む。見つめている眼も宝石だった。

「はい。どうぞ。」

「…………。」

 少女は何も言わずにお代を差し出し、花を受け取った。

 次に少女は僕の目を見て、たおやかに笑って去って行った。

「…………。」

 今日も普通の一日だ。何もない一日。

「花屋さん。」

 やっと買い物が終わった。少し小走りできたから息が切れている。

「あぁ、学生さん。」

 その姿、声、仕草を見ただけで心が躍る。

「花屋さん。花をください。」

「何になさいますか。」

 花屋さんは少し嬉しそうに微笑んだ。そう見えた。

「……えぇっと、うんと綺麗な花ってありますか。」

「綺麗な花?」

「はい。母がそう言ったので。」

 花屋さんは好きなものを語るように、はにかんだ。

「僕は全部綺麗に見えますが。うぅん。花は誰かに贈るのですか。」

「…………、はい。」

 縁談相手が頭を横切る。そうか今、私はあいつのために選んでいるのか。あいつのために人生の時間を使っているのか。

「でしたら、この花はいかがでしょう。」

「………………。やっぱりそれ、桜色の花がいい。」

 花屋はぴたりと止まる。

「……。夏水仙(ナツスイセン)ですか。」

「はい。それです。」

「……。」

 花屋さんは紙に花を包んだ。横から少し花が見える程度に。

「毎度あり。」

 私はそれを受け取った。命の重さが伝わる。

「花屋さん。」

「はい。何でしょう。」

 私は好きな人を見た。いつ見ても見飽きない、素敵な目を。

「これ、花屋さんに贈ります。」

「え……?」

 受け取った花を花屋さんに渡した。

「この花は貴方の親御さんが頼んだのでは。」

「……。違います。花屋さんのために選びました。」

 花屋は思わぬ展開に目を見開く。

「本当に、本当に、僕へ贈る花なのですか。」

「…………。」

 そんな目で見ないで。分かってる。これは違う選択だってことは。

 目を逸らす。

「…………。僕は花を貰う恩なんて作っていません。その氣持ちは大切な、僕じゃない人に贈ってください。」

「…………。花屋さんはいつも大人ですね。」

 思ってもないことを口に出してしまう。頭の中では間違っていると知っていたのに、もう時すでに遅い。

「僕はつまらないですか。」

「……いいえ。ごめんなさい。」

 不穏な空気が漂う。

 ごめんなさい。

 ガーベラ三本、貴方を愛しています

時すでにおすし

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