4貴方に贈る
「あら、もう花枯れちゃったね。」
母が花瓶を持ちながら私を見た。まだ私は昨日のことを怒っている。
「あんた、あそこの花屋できれいな花、買って来な。明日縁談だし、うんと綺麗な花を買うんだよ。」
昨日、帰ったら何も言われなかった。唯一言われたのが、もう少し早く帰って来いだった。
「分かった。」
ついでにって今日の夕飯の材料も頼まれた。
――――――――
「ふふっ。」
花屋さん、今日も元気かな。どうしよう。先に花屋さんの所に行くか、買い物を済ませるのか。
「…………。」
買い物行こ。後で樂しみをとっておいた方が氣が樂だ。
砂の道を歩く。都会のところだったらもっと整備されてるのかな。世界のどこかを考えるのは案外樂しい。
「あ、綺麗。」
けど、こんな花々は咲かないだろう。
「豆腐一丁お願い。」
「はい。一丁ですね。」
今日は青少年が店番をしていた。いつもなら中年のおじさんなのに。私と同じくらいの歳だろう。
「はい。これ、」
と、目を合わせずに湯葉を差し出した。
「え……?私、豆腐しか頼んでないわ。」
「父さんがいつものお礼として客さんに渡せって。」
湯葉と豆腐を押し付けられる。
「あ、ありがとう。」
青少年の耳が赤く染まっていた。
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「これ……黄色の、花車。三本。」
物静かな紅の着物を着た女性が、花屋に言う。
「はい。包装もしますか。」
「はい……。霞色で。」
花屋は宝石を包む。見つめている眼も宝石だった。
「はい。どうぞ。」
「…………。」
少女は何も言わずにお代を差し出し、花を受け取った。
次に少女は僕の目を見て、たおやかに笑って去って行った。
「…………。」
今日も普通の一日だ。何もない一日。
「花屋さん。」
やっと買い物が終わった。少し小走りできたから息が切れている。
「あぁ、学生さん。」
その姿、声、仕草を見ただけで心が躍る。
「花屋さん。花をください。」
「何になさいますか。」
花屋さんは少し嬉しそうに微笑んだ。そう見えた。
「……えぇっと、うんと綺麗な花ってありますか。」
「綺麗な花?」
「はい。母がそう言ったので。」
花屋さんは好きなものを語るように、はにかんだ。
「僕は全部綺麗に見えますが。うぅん。花は誰かに贈るのですか。」
「…………、はい。」
縁談相手が頭を横切る。そうか今、私はあいつのために選んでいるのか。あいつのために人生の時間を使っているのか。
「でしたら、この花はいかがでしょう。」
「………………。やっぱりそれ、桜色の花がいい。」
花屋はぴたりと止まる。
「……。夏水仙ですか。」
「はい。それです。」
「……。」
花屋さんは紙に花を包んだ。横から少し花が見える程度に。
「毎度あり。」
私はそれを受け取った。命の重さが伝わる。
「花屋さん。」
「はい。何でしょう。」
私は好きな人を見た。いつ見ても見飽きない、素敵な目を。
「これ、花屋さんに贈ります。」
「え……?」
受け取った花を花屋さんに渡した。
「この花は貴方の親御さんが頼んだのでは。」
「……。違います。花屋さんのために選びました。」
花屋は思わぬ展開に目を見開く。
「本当に、本当に、僕へ贈る花なのですか。」
「…………。」
そんな目で見ないで。分かってる。これは違う選択だってことは。
目を逸らす。
「…………。僕は花を貰う恩なんて作っていません。その氣持ちは大切な、僕じゃない人に贈ってください。」
「…………。花屋さんはいつも大人ですね。」
思ってもないことを口に出してしまう。頭の中では間違っていると知っていたのに、もう時すでに遅い。
「僕はつまらないですか。」
「……いいえ。ごめんなさい。」
不穏な空気が漂う。
ごめんなさい。
ガーベラ三本、貴方を愛しています
時すでにおすし